13-1 あなたたちを氷漬けにしてあげるわ
真子は汗をぬぐいもせず、冷静な表情で呟く。
「文明の利器と妖精の対決……これは時代の象徴だな」
数分、いや数十分。
冷風と灼熱が拮抗し、ただの一歩も譲らない消耗戦。
三人の頬を、熱気と冷気が交互に叩き、息を吸うたびに喉が焼けるように痛む。
それでも――誰一人として、目を逸らすことはできなかった。
部屋の空気はなおも灼熱と冷気がせめぎ合っていたが――均衡は、ゆっくりと崩れ始めた。
灼熱の妖精の身体が揺らぎ、膝から崩れ落ちる。
頬は蒼白に変わり、息も荒い。
「さっ……寒い……」
震える声が、かすれた吐息と共に漏れた。
その肩は小刻みに震え、まるで真夏の太陽そのものだった存在が、冬の吹雪に飲み込まれたかのように弱々しい。
沙月は思わず両手を握りしめて叫ぶ。
「やった……!エアコンが勝ったんだ!」
兎子は信じられないという顔で口を開く。
「……妖精が文明の家電に負けるとか、どんな時代なのよ……」
真子は一歩前に出て、冷静に見下ろした。
「終わったな。灼熱の妖精は、文明の冷風に屈した」
静かに、しかし確かに――決着の瞬間が訪れていた。
エアコンの冷風が部屋を満たし、灼熱の妖精はすっかり萎れて消え去った。
戦いは終わり――だが、静けさの中に残ったのは爽快感よりも、ぐったりとした疲労感だった。
「……勝った、のはいいけど……」
沙月がへたり込む。額に汗はもうなく、代わりに鼻をすすっている。
兎子が眉をひそめた。
「ちょっと沙月、お姉ちゃん。声ガラガラじゃん」
「へっくし!」と盛大なくしゃみをした沙月が情けない声で答える。
「だって……エアコン18度全開なんて……寒すぎるんだよぉ……」
「自分でやったんじゃん!」と兎子が即座にツッコミ。
真子は腕を組み、どこか呆れ顔で分析を加える。
「妖精は撃退できたが、代償は風邪か……。完全に本末転倒だな」
「むぅ……文明の利器の勝利の代償が、私の鼻水って……納得いかないんだけど……」
沙月が涙目で抗議するが、声はすでに鼻にかかっている。
兎子は肩をすくめ、にやりと笑った。
「次はエアコンじゃなくて加減ってものを覚えたら?」
戦いの緊張は解け、部屋には久しぶりにコミカルな空気が流れた。
ただ一つ確かなのは――沙月の喉の渇きも、風邪気味の体調も、まだ解決していないということだった。
沙月の部屋は、昨日の灼熱妖精との死闘の余韻でまだほのかに熱気が残っていた。床には散乱したティッシュや、灼熱光線のせいで少し焦げた跡が点々とついている。
沙月はベッドの縁に腰を下ろし、額の汗を拭いながら、意気込むように叫んだ。
「水!!次こそ水の妖精!」
真子は腕を組み、冷静に視線を巡らせる。
「別に私は何もしてないよ。妖精呼ぶ力なんて、私にはない」
沙月は必死に手を合わせ、訴えるように言った。
「頼んだぞ、真子!」
真子は肩をすくめ、呆れ半分に返す。
「いや、だから私は力なんてないって……」
そんなやり取りをしていると、部屋の空気がひんやりと変わった。窓際の影から、白銀の髪と透き通るような蒼の瞳を持つ少女が現れる。
「ふふっ、私は氷の妖精!あなたたちを氷漬けにしてあげるわ」
沙月は思わず拳を握り、喜びの声をあげた。
「でかしたぞ、沙月!」
真子は半ば呆れた表情で小さく呟く。
「半分バカ……」
一方の兎子は口をぽかんと開け、驚きと戸惑いを隠せない。
氷の妖精アスカの登場で、水確保作戦は予期せぬ展開に動き出した――。




