12-2 「……水……水が欲しい……」
「甘いですよ、人間ども!」
窓を開けて息をついたその瞬間、部屋の中央で燃え立つように笑い声が響いた。
灼熱の妖精が、紅蓮の瞳をきらめかせて高らかに宣言する。
「今は私の季節! 私の力を最大限に発揮できる季節なのですよ!」
その両手から再びほとばしったのは、太陽の化身とも思える白熱の光線。
開けた窓から入るぬるい風など、一瞬でかき消されるほどの熱気が部屋に充満する。
「う、うわぁっ……肌が焼ける……!」
沙月が顔をしかめ、思わず腕で目を覆う。
「じりじりする……これ、日焼けどころじゃない……!」
兎子は歯を食いしばり、必死に日傘を掲げ続けた。
「攻撃は止む気配なし、むしろ増している……」
真子の冷静な声が、しかし現状の絶望をそのまま突きつける。
光線は途切れることなく三人を押し潰すように降り注ぎ、空気は灼熱の釜と化していく。
まるで「ここから逃げ場などない」と嘲笑うかのように。
「さあ、目を背ける暇などありませんよ!」
灼熱の妖精が天へと腕を掲げる。その小さな掌に、まるで真昼の太陽を凝縮したかのような光球が生まれ、脈動するように輝きを増していく。
眩光が弾けた。
直線の光線ではない。
それは槍のように撃ち込まれるのではなく、天蓋を張る炎天そのもの――部屋全体を包み込む“灼熱の結界”となって広がった。
一瞬で四方の壁が陽炎に揺れ、空気が赤熱していく。
光は影を奪い、すべてを灼き尽くそうと迫っていた。
沙月は息を呑み、兎子は咄嗟に目を覆い、真子はわずかに眉を動かす。
避ける術もない。光はただそこに在るだけで、命を削る。
――まるで、太陽そのものがこの六畳間に落ちてきたかのように。
――光が放たれてから、わずか数秒。
部屋の空気が「変わった」と誰もが理解した。
熱い。いや、“熱すぎる”。
温度が一気に跳ね上がり、まるで狭い室内そのものが灼熱地獄へと変貌していく。
視界は揺らぐ。壁が波打ち、床が歪んで見える――蜃気楼だ。
熱のせいで景色そのものが形を保てなくなっていた。
頬を撫でる風すら、心地よい涼しさとは真逆のもの。乾ききった熱風が皮膚を焦がし、息を吸うたびに肺の奥を焼かれるような痛みが走る。
「く……っ」沙月は思わず喉を押さえた。
呼吸するだけで喉がひび割れそうだ。
壁に寄りかかろうとした兎子は、すぐに手を引っ込めた。
「熱っ……!」
ほんの一瞬触れただけで、火傷を負いそうな熱が染み出している。床板さえも、靴下越しにじりじりと熱を伝えてきた。
――まるで、逃げ場のない灼熱の監獄。
三人はそこに閉じ込められていた。
「熱い、熱い……っ!」
沙月はベッドの端にしがみつきながら、必死に声を絞り出す。額から噴き出す汗は瞬く間に頬を伝い、あご先から滴り落ちていく。だが拭おうとする気力すら、熱に奪われていった。
兎子は震える腕で日傘を掲げていた。光を直接浴びるのは防げても、周囲の熱気は容赦なく体力を削っていく。
「腕が……重い……っ」
筋肉がじりじりと焼けるように痛み、指先が痺れて感覚が薄れていく。
真子だけは冷静を装い、視線を鋭く灼熱の妖精へ向けていた。だが、その胸は乱れた呼吸で大きく上下し、首筋を汗が一筋、ゆっくりと滑り落ちていく。
「……ふぅ、ここまでとはな」
吐息に混じる熱気は、冷静な声の奥に潜む焦燥を隠しきれなかった。
三人の身体は確実に“溶かされる寸前”まで追い詰められていた。
焼け付く空気の中、三人の息遣いはますます荒くなっていった。
沙月は喉を押さえ、かすれた声を漏らす。
「……水……水が欲しい……」
声は弱々しく、すでに立ち上がる力すら残っていない。
兎子もまた、唇を噛みしめて必死に傘を握り続けていた。だが、全身から汗が噴き出し、逆に体内の水分が急速に奪われていく。
「これ……長くはもたない……」
肩で息をしながら、かすかな震えを押し殺すように呟いた。
真子もまた冷静な表情を崩さなかったが、その眼差しの奥には焦燥が滲んでいた。
「……水分も食料も尽きた。体力の回復手段はゼロ……。このままでは、熱と脱水で全員倒れる」
三人は同時に悟る。
防御は不完全。長期戦は不可能。
――今のままでは確実に死ぬ。




