1-3 なんか来た
「はぁ!? 妖精!? ちょっと待って、こんなのが妖精ってある!?」
「ある」
「即答!?」
兎子が横から覗き込み、顔をしかめた。
「妖精っていうより……ただの小汚いおじさんじゃん」
「それでも妖精だ。妖精にはいろいろ種類がいるからな」
「いやいやいやいや、妖精って普通もっとこう……可愛くてキラキラしてるやつでしょ!? こんなの認めないからね!?」
「認めるも何も、現にここにいる。問題は――」
真子の表情がわずかに険しくなる。
「妖精を殺したってことは、必ず仲間が復讐に来る。……これは避けられない」
「復讐!? ちょっ、どうすんのよ真子!? 私どうなっちゃうの!?」
「知らん。だが一つだけ言える。お前はもう、“妖精戦争”の当事者だ」
ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。
六畳の部屋に、不吉な空気が漂い始めていた。
その瞬間だった。
ふわり――。
部屋の空気が揺らぎ、窓も開けていないのに小さな羽音が響いた。
「……あれ、なんか来た」
兎子が呟く。
視線を向けた先に浮かんでいたのは、掌に収まるほどの可憐な子供。
金色の髪に大きな瞳、背中から透き通る羽が生え、絵本から飛び出したような愛らしい姿。
「か、かわいい……」
沙月は思わず息を呑む。
――しかし、次の瞬間。
キャシャァァァァァァ!!!!
ぞっとするほど濁った咆哮とともに、その可憐な顔は鬼の形相へと変貌。
尖った牙が光り、沙月の手にガブリと噛みついた。
「ぎゃああああああっ!! いったぁぁぁぁぁい!! 手ぇ取れる!取れるってば!!」
部屋中に響き渡る絶叫。
沙月は必死に振り払おうとするが、妖精は信じられない力で喰らいついて離れない。
「……なるほど。もう来たか」
真子だけは冷静だった。
「ちょ、ちょっと真子!? 助けて!助けてぇぇぇ!!」
「騒ぐな。対処法はある。――兎子っち、磁石はあるか?」
「磁石? えー……小学校の自由研究で使ったやつならどこかにあったかも」
「探してこい。急げ」
「えー、面倒……」
「このままじゃ沙月の手首ごと持ってかれるぞ」
「……仕方ないなぁ。真子っちゃんの頼みなら探すけど」
「兎子ぉぉぉ!! 私の手が先か、プリン三倍返しか、どっちが大事なの!?!?」
「もちろんプリンだけど」
「こいつぅぅぅぅ!!」
そんな姉妹喧嘩をしている間にも、妖精の牙はさらに深く食い込み、沙月の視界が白くかすんでいく。
――もうダメだ、意識が飛ぶ。
その時。
「真子っちゃん! あったよ、磁石!」
兎子が息を切らして戻ってきた。
「よし、間に合ったな」
真子が磁石を沙月の手に近づける。
すると――。
ガシャンッ!!!
まるで鉄片が吸い寄せられるように、妖精の身体は磁石に引き寄せられ、沙月の手から無理やり引き剥がされた。
「ぎゃあああああっ!? 何しやがる!! 離せぇぇぇっ!!」
妖精は磁石に張り付いたまま、もがき叫んだ。
「暴れても無駄だ。金属系の妖精は磁力に逆らえない」
真子の冷徹な声が響く。
「ま、真子ぁ……! あんたが女神に見える……!」
「やめろ。顔から噴き出した血を飛ばすな、汚い」
沙月は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、ようやく自由になった手を抱きしめた。
六畳一間の戦場に、再び張り詰めた沈黙が訪れる。
しかしそれは、戦いの終わりではなく――血で始まりを刻む狼煙だった。




