1-2 プリン3つで
殺虫剤の霧がゆっくりと晴れていく。
沙月は息を詰め、恐怖に引きつった顔で机の裏を覗き込んだ。
そこにあったのは――。
「…………おじさん?」
小さい。身長はせいぜい十センチほど。
しかし背中には透明な羽が生えており、手足は人間そのもの。
顔立ちはくたびれたサラリーマン風で、額に汗を浮かべて絶命していた。
「な、なにこれ!? きもっ!!」
ただのGならまだしも(いやそれも充分に嫌だが)、この得体の知れない生物は彼女の理性を完全に超えていた。
「ねえ兎子っ! 兎子来て! ほんとに来てよ!これはGよりやばいから!!」
隣室から返ってきたのは、冷ややかな声だった。
「……嫌。気持ち悪そう」
「いやマジでやばいのよ! おじさんよ! 羽の生えたおじさんが倒れてるの!」
「ますます無理。そんなの見たくない」
「プリン三つ買ってくるからっ! 三倍返しするからお願い!」
「…………プリン三つ、ね。……わかった。でも見るだけだからね?」
渋々やって来た兎子は、机の下を覗き込むと同時に飛び退いた。
「なにこれ!? キモッ! おじさんじゃん!!」
「でしょ!? どうすんのよこれ!? とりあえず捨ててきて!」
「は? 嫌に決まってるでしょ。ゴキならまだしも、おじさんは無理。気持ち悪さのジャンルが違う」
「じゃあどうすればいいのよっ!!」
もはや妹は完全に役立たず。
沙月は奥の手を思い出す――。
「……しょうがない。真子を呼ぶしかないか」
幼馴染にして親友の、鉄の肝っ玉を持つ少女。
彼女ならきっと、この不可解すぎる状況を打破してくれるはず。
震える手でスマホを掴み、沙月はダイヤルを押した。
三十分後。
「……なんだ、ゴキブリごときで私を呼び出すな」
玄関のドアを開け、仁王立ちで現れたのは幼馴染の 真子 だった。
長い黒髪を後ろでざっくり結び、制服の袖をまくったその姿はまるで戦場に降り立つ傭兵のよう。
彼女の登場に、沙月は涙目で縋りついた。
「ち、違うの真子! 今回はただのゴキじゃないの! おじさんなのよ! いや、おじさんがGで……いやGが……とにかく見て!」
「お前、何言ってるのか全然わからん」
「見ればわかるから! 机の裏よ!」
真子は面倒くさそうにため息をつきながら、机の下に身を屈めた。
そこに転がっているのは――羽の生えた小さなおじさん。
真子は眉一つ動かさず、指先でその死体をつついた。
「ちょっ、ちょっと大丈夫なの!? 触って!」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃなさそうに見えるんだけど!?」
真子はしばらく観察したのち、静かに口を開いた。
「――妖精だな、これは」




