表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

水の遺言

作者: ウォーカー

 八月のお盆、学校は夏休みの真っ最中。

ところで、ある学校で、不審者が目撃されると話題になっていた。

その不審者は、何故かその学校の関係者にしか見ることができない。

学校とは無関係の大人や、

他の学校の子供には見ることができないという。


 肝心の不審者の風貌はと言うと、

古い服装をした女の姿で、髪の毛は伸び放題で顔はよく見えない。

いつも校庭をうろうろして、柄杓ひしゃくで水を撒いているという。

もしや幽霊なのでは。そんな噂が立っていた。

噂の真偽を確認すべく、その学校の在校生数人が夜の学校に行くことにした。

「なぁに、行くのは校庭だけだから、大丈夫だろう。」

「不審者でも俺達なら逃げ切れるさ。」

「あたしも、いざとなったら大声出すし。」

「夏休みに学校行くのだるーい。」

不審者を確認しようとする生徒達は、その程度の認識でしかなかった。


 そして学校に忍び込む日。

学校の近所の公園に生徒達は待ち合わせして集まっていた。

夜の闇は風景も空気も一変させる。

「ねえ、あそこになんかいない?」

「野良猫でしょ、怖がらせないでよ。」

まだ学校にもたどり着いていない、公園の段階で、

生徒達の一部は既に怯え始めていた。


 全員が集まったのを確認して、生徒達は学校へ向かった。

みんな、計画の段階では威勢がよかったのに、

いざ本当に夜の学校に行くとなると、怖気づく生徒達が出始め、

最終的に当日の夜に集まったのは、ほんの数人、十人にも満たなかった。

集まったのは、男女、所属部を織り交ぜたメンバー。

「さあ、行こうぜ」

リーダー格の男子生徒の号令で、他の生徒達は身を寄せ合って、

学校への薄暗い道を歩き始めた。

人通りはなく、この時点で既に嫌な予感はしていた。


 真っ暗な夜の闇の中、薄暗い街頭を頼りに生徒達は歩いていく。

やがて遠くに学校の姿が見えてきた。

学校の校舎は真っ暗で、明かりは火災報知器や非常口を知らせるものくらい。

慣れ親しんだ学校の姿ではなく、真っ黒な塊に見えた。

わずかに見える時計の針が、

本来はここにいてはいけない時間であることを責めている、そう感じる。

学校の周辺には民家があるものの、みんな寝静まってしまったのか、

明かりも人の気配も感じない。

人通りもなく、学校の周囲だけ闇の中に切り出したかのよう。

そこに、バシャ・・・バシャ・・・という微かな音がしていた。

「おい、この音、何だ?」

「あたしが知るわけ無いでしょ。」

生徒達は異変の原因は自分ではないと、責任を押し付け合っている。

やがて異変そのものが姿を現した。


 真っ暗な学校の校庭を、一人の人影がゆっくりと歩いている。

手にはバケツと柄杓を持ち、校庭にしきりに中身を撒いている。

バシャ・・・バシャ・・・という水音は、そのせいのようだ。

異変はそれだけではない。

臭う。嗅いだことのない臭いが辺りを漂っている。

まだ若い生徒達には、それが人間の腐臭であることは気が付かなかった。

人影は生徒達の目の前を曲がっていった。

真っ赤な目が一瞬、こちらを見たような気がした。

「あいつ、俺達になにかするつもりはないみたいだな。」

すると俄然、生徒達は強気になった。

人影の後ろをついて回る。

人影はそんなことは気にせず、バシャ・・・バシャ・・・と何かを撒いている。

「なあ、この臭い、血じゃないよな?」

生徒達の一人が言う。

よく見ると、柄杓は暗闇で真っ赤に血濡れているように見える。

だが一見そう見えるだけで、中身も地面に滴っているのも、ただの水だった。

その事実は生徒達を少し安心させた。

「なんだ、ただの水か。」

「暗いと水は黒く見えるものね。」

生徒達は人影が撒いているのはただの水だとわかって一安心。

警戒を少しだけ緩めた。


 人影はその後、学校の校庭を何度も何度も往復して、

バケツの中の水を柄杓で撒いていった。

その間、生徒達は声をかけることもあった。

「あなたは誰?何者?」

しかし人影は答えない。無言。

ただし、行く手を遮るようなことをしようとすると、

その真っ赤な目を光らせて、激しい怒りを露わにした。

それで生徒達はすっかり怯えてしまい、人影の後ろをついていくだけになった。


 やがて人影は校庭を周りきったようで、校舎の前に立った。

そして生徒達を手招きして呼んでいる。

「おい、来いってさ。」

「やだ、わたしこわい。」

「でも言うこと聞かないと、さっきみたいに怒られるかも。」

生徒達はおっかなびっくり、人影のところに近づいた。

それでやっと人影の風貌が明らかになった。とはいえ暗闇の中でだが。

人影は長い髪の女。

元は白かったであろう、古くなって白茶げたブラウスを着ている。

腰から足元まで紺色のロングスカートを履いているが、

ところどころ古くなって擦り切れている。

顔に表情はなく、目は赤く輝き、口だけは切れたように笑っていた。

人影が校庭をゆっくりと指差した。

すると、人影の真っ赤な目が輝いて、校庭を照らした。

そこには真っ赤な光を反射した字で、こう書かれていた。

「地面の口には気を付けて。生徒がわたしのようにならないように。」

生徒達はそれを復唱して、人影に意味を聞こうと振り返った。

しかし、もう人影はそこにはいなかった。

何の痕跡もなく、足跡すら残さず、人影は消えていた。

「あの言葉の意味は何だったんだ?」

「おい、それよりも、あの人、どこいったか見てた奴いるか?」

「俺知らない。」

「あたしも。」

結局、あの人影は何者で、何がしたかったのだろう。

どんな意図でメッセージを伝えようとしたのだろう。

不審者は確認できたものの、生徒達は何の調査もできず、

突然消えたのだから幽霊なのだろうとか、そんな結論に至って、

今日のところは家に帰るしかできなかった。


 それから数日の後、日中の学校で事件は起こった。

校庭で部活動中の女子生徒一人が、忽然と姿を消してしまったのだ。

目撃証言から、学校の外に出た気配はない。

先生達は最初、ただのサボりだろうと思っていた。

しかしそれが、昼食の時間になっても現れず、

下校の時間になっても姿を見せないことから、これが事件であることを悟った。

「遠藤君はどこにいったんだ!?」

姿を消したのは遠藤という女子生徒。

朝学校に来て、ちょっとランニングをすると言って、

そのまま帰ってこなかったという。

「学校で事件なんて、まさかあの幽霊のせいじゃないよな?」

生徒達は最初、そう考えた。

事件現場は学校、夏休み中で登校している生徒の数も限られている。

あの夜、学校を調べに来たメンバーの殆どは、今ここにいる。

まさか幽霊の祟りか?そんな考えも浮かんだ。

情報が少なく先生だけでの調査は難しいと考えられ、

警察に通報することになった。


 赤色灯を灯したパトカーが数台、学校にやってきた。

「行方不明者が出たのはこの学校ですか。」

警察達は先生や生徒に聞き込みをすると、校舎中を探し始めた。

各教室は元より、机や椅子の下やロッカーの中、トイレの個室の中まで。

そうしているうちに、夏の夕焼けは濃くなっていく。

しかし行方不明になった女子生徒は見つからない。

その時、数名の生徒が騒ぎ出した。

「そうだ!あの時の幽霊の話だ!

 先生!夜に現れる幽霊が言ってたんです!

 地面の口には気を付けてって!」

数名の生徒達とは、あの日の夜に学校で人影と会った生徒達。

生徒達はあの人影は幽霊で、最初、その言葉は呪いの言葉だと思っていた。

しかしよく考えてみると、呪うなら生徒達や先生達を直に呪えばいい。

それなのに、ご丁寧に生徒達にメッセージを告げてきた。

これはきっと、今後の事故を予知した警告だったのだろう。そう考えた。

しかし、肝心の地面の口の意味がわからない。

先生達と警察は、他に手がかりもなく、地面が見える場所を探し始めた。

そしてしばらく後のこと。

校舎裏でそれは見つかった。


 普段は人が立ち入らない校舎裏。

そこは雑草がぼうぼうに生えた未開の地。

そこに、地面の大きな陥没が起こっていた。

どうやら地下に空洞があったらしい。

危険なので安易には近づけないが、

陥没した地面の下に、体操服で倒れている女子生徒の姿が見えた。

近くには地下水が流れている部分がある。

うつ伏せなら溺死、そうでなくとも凍死の危険がある。

流れる水は体温を容易に奪っていくからだ。

だが幸いなことに、何らかの障害物がそれを防いでいた。

障害物は何かの塊のような、よくわからない。

「あっ、あれ!遠藤さんに間違いないです!」

ある生徒達は言った。

ここからは素人では救助は無理だ。

警察や消防により重機が持ち込まれ、本格的な救助作業が開始された。


 警察と消防の救助作業は夜通し行われた。

地面の陥没した穴に落ちた遠藤という女子生徒は、

頭を打って気を失っていたらしく、途中で意識を回復した。

そうすると救助は格段にやりやすくなる。

朝を迎える頃には、遠藤という女子生徒は無事に陥没穴から引き上げられた。

しかし、事件の本番はそれからだった。

念の為、警察が陥没穴の中を調べると、

障害物と思われていたのは、一体の白骨死体だった。

白骨死体は古びて白茶げたブラウスに紺のロングスカートを履いていた。

その姿を見て、一部の生徒達は絶句した。

それはもちろん、あの日に夜の学校に行った生徒達。

やはりあの人影は幽霊で間違いなかったのだ。

しかしあの幽霊は、この世への未練や人を害するために化けて出たのではない。

この学校の裏には地面の陥没が起こりやすい場所がある。

それを伝えたくて、学校に化けて出ていたのだ。

普段の学校ならば、校舎裏に人は立ち入らない。

しかし夏休み中の部活動なら、普段とは生徒達の行動も変わる。

現に、遠藤という女子生徒は、ジョギングのために校舎裏を通ろうとして、

こうして地面の陥没に巻き込まれて行方不明になってしまったのだから。

あの幽霊はこの学校の先生や生徒に、その危険を知らせたかったのだ。

さらには身を挺して、気を失った生徒を水による凍死の脅威から救った。

この世には人を恨むことで幽霊になるものばかりではない。

そのことを生徒達は知った。


 それから数日して、学校でも調査が行われた。

そして、陥没穴から見つかった白骨死体の身元もわかった。

数十年前、学校内で行方不明になった女の先生がいた。

その先生は、名前を渡良わたらサキと言った。

サキ先生は、数十年前の夏、

学校の中で忽然と姿を消し、そのまま発見されなかった。

白骨死体の発見場所から、サキ先生は校舎裏で陥没に巻き込まれたのだろう。

しかしその当時は発見してもらえず、陥没穴も草などで塞がってしまった。

そのまま時は過ぎ、サキ先生は白骨化してしまった。

そしてサキ先生は、同じ事が起こるであろうことを危惧して、

幽霊となって警告を伝えにやってきた。

そう考えると一番辻褄が合う。

「辻褄は合うけど、現実的じゃないよね。」

「じゃあお前は、あの幽霊が何をしてたっていうんだよ。」

「それは・・・」

事件が解決してから、幽霊はもう現れなくなった。

それはサキ先生の白骨死体が回収されたから、という見方もできる。

しかし先生が生徒を心配することに、何の不思議があるだろう。

生徒思いのサキ先生だからこそ、

超常現象を起こしてまで事件を解決に導いてみせたのだ。

あの日、サキ先生に会った生徒達はそう思った。

学校は校舎裏の陥没対策をすると同時に、そこに小さな祠を作った。

祠でもありお墓でもあるそれに、生徒達は地下水をお供えして手を合わせた。

生徒を守る先生は、いつの世もありがたい存在なのだと、

感謝の言葉を胸にして。



終わり。


 水をテーマにした学校が舞台の話を書きました。


学校の先生といえば、私には怖かったり理解できない相手ですが、

基本的には生徒のためを思ってくれていることと思います。

そんな厚意に満ちた先生が、死後も生徒を救う、という話を考えました。


現実にそんな先生がいるのか、私自身は確認していませんが。


お読み頂きありがとうございました。



2025/8/20誤字訂正


第13段落18行目

(誤)しかし先生が生徒心配することに、何の不思議があるだろう。

(正)しかし先生が生徒を心配することに、何の不思議があるだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
不勉強ですみません。 「『凍死』は、低体温の結果で起こる臓器不全での死亡を指す言葉」なんですね…。35度以下で低体温症、(だいたい)30度に至れば「凍死」判定、と…。 8月の地下水温次第ですが、校庭…
自身の無念を伝えるではなく、未来の生徒を守る忠告をする…。 不思議な幽霊さんですね。 用務員さんや整備の業者さんに直接伝えろよ、と野暮な思考も過りますが。恐らくこの方法(水撒き幽霊が生徒に接触)しか…
死してなお生徒のためを思うこの先生。 生きてれば、さぞかし立派な先生になれただろうに。 惜しい話でもありますね・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ