少女の祈り
世界情勢は悪化の一途をたどっていた。国と国との摩擦が散らした火花は、各地で燃え盛る戦火となり、巨大な爆薬庫へと続く導火線を貪り続けている。終末時計の針は無情にも進み、核戦争の危機が迫っているのは、もはや誰の目にも明らかであった。たとえ、それが幼い少女の澄んだ瞳であっても……。
夜、ベッドの中で少女は不安げに母の顔を見上げ、声を潜めて訊ねた。
「ねえ、ママ……明日、世界は終わっちゃうの?」
母親は一瞬言葉に詰まり、柔らかな笑みを作って答えた。
「そんなことないわよ……」
「でも、みんながそう言ってるよ? 朝起きたら、核戦争が始まってるかもしれないって」
「大丈夫よ。いざとなったら神様が止めてくださるから……」
「ほんとに?」
「ええ、だからお祈りして寝ましょうね」
「うん……」
少女は母の手をぎゅっと握りしめ、目を閉じて神に祈りを捧げた。
すると、まぶたの裏に光がふわりと差し込んだ。それは暖かく、力強く、まるで亡き父の胸に抱かれたときのような安らぎに満ちていた。
ああ、大丈夫なんだ……。
少女はそう確信し、そっと微笑むと、そのまま静かに眠りについた。
そう、彼女の無垢な祈りは確かに神へ届いたのだ。
夢の中で少女は神に出会った。
橙色の光があふれる広大な庭園。そよぐ風は優しく頬を撫で、泉の水面を揺らしながら虹を描いていた。雲でできた大地には花々が咲き誇り、祝福するように甘い香りを放っている。
少女はその光景に目を輝かせて、小さく飛び跳ねた。そして、目の前に佇む神に話しかけた。
「わあ、神様って本当にいたのね!」
「左様。私も眠り、夢の中でそなたに会いに来たのだ」
少女はまた大喜びし、ぴょんぴょん飛び跳ねた。やがて、二人は静かにその場に腰を下ろした。
「ねえ、神様……もし明日、世界が終わっちゃうような、すっごく大きな戦争が起きたら止めてくれる?」
「もちろんだ。人々の心に語りかけ、争いの炎を鎮めよう」
「ああ、よかった……。うふふ、なんだか安心したら眠くなっちゃった。夢の中なのに」
「ふふふ、疲れているのだろう。安心して眠りなさい。私がそばで見守ってあげよう」
「ありがとう、神様……」
少女は神の膝にそっと頭を乗せ、まどろみの中で微笑んだ。その幸福を描いたような姿に、神もまた目を細めるのだった。
そして翌日。目を覚ました神は呟いた。
「あっ、もう昼前か。いやあ、最新の兵器はすごいな……。もう全部終わってしまったようだ」