第七章:新たなるレース ―― リーフの挑戦
競馬好きのサラリーマン・圭介(35歳)は、交通事故に遭い、魔法と競馬が支配する異世界「エクウス王国」に転生する。 その王国では、魔法馬を駆使した競馬が経済の中心となっていたが、かつて名門だった競馬場「グリーンフィールド」は、経営難と騎手不足で倒産寸前の状態に。圭介は女騎士で支配人のリーナに頼まれ、競馬場再建を引き受ける。
1. デビュー戦の幕開け
「……緊張してる?」
リーフの首筋を優しく撫でながら、リーナが小声で問いかけた。
リーフは鼻を鳴らし、耳をぴんと立てる。まるで「大丈夫」と言いたげな仕草だったが、その瞳にはわずかな不安が浮かんでいた。
「よし、リラックスしような」
圭介は手のひらに魔法を灯し、リーフの脚へと軽く触れた。淡い緑の光が筋肉に染み渡ると、リーフのこわばっていた脚がふっと緩む。
「やれるさ。お前の力を信じてる」
リーフは再び鼻を鳴らし、静かに首を上下させた。
「圭介、行ってくるわ」
「頼んだぞ、リーナ」
リーナは鞍にまたがり、手綱をきゅっと握る。
「行くぞ、リーフ!」
リーフが軽やかに地面を蹴り、パドックへと向かった。
競馬場は、予想以上の賑わいを見せていた。
「グリーンフィールドの若き才能、デビュー戦だ!」
「奇跡の復活馬・蒼風の後継者だってよ!」
観客たちは口々にリーフの名を叫び、その注目度の高さを物語っていた。
「思った以上に話題になってるな」
圭介が驚いていると、背後から聞き慣れた声が響いた。
「ま、ダービーの覇者だもんな。そりゃ注目されるさ」
「……ガラハド?」
振り返ると、ガラハドが腕を組み、ニヤリと笑っていた。
「俺も今日は見物させてもらうぜ。もっとも、すぐに現実を思い知ることになるだろうがな」
「……どういう意味だ?」
「見りゃわかるさ」
ガラハドは視線をコースへと向けた。
「……あれが、今日の一番人気だ」
圭介の視線の先には、鋼のようにたくましい黒毛の魔法馬がいた。
「アイアンブレード……」
「土属性の魔法馬だ。持久力に優れ、どんなコースでも粘り強く食らいつく。若い馬じゃ勝ち目は薄いぜ」
「……やってみなきゃわからないさ」
圭介は不敵に笑い返し、視線をリーフへと戻した。
2. レース開始 ―― 先行と焦り
「位置について……スタート!」
合図の旗が振り下ろされると同時に、10頭の馬が一斉に飛び出した。
「行け、リーフ!」
リーナの声に応え、リーフはスムーズに加速した。
「……いいスタートだ」
圭介は息を呑んだ。
リーフはスタート直後から先行集団に食らいつき、内側の好位置をキープしていた。
「よし、このまま様子を見ろ……」
だが、その時――
「アイアンブレードが来たぞ!」
実況の声と同時に、黒い影が一気に前へと飛び出した。
「速い……!」
アイアンブレードは重厚な体躯を揺らしながら、信じられないほど力強い走りで集団を抜け出していく。
「リーフ、無理に追いかけるな!」
圭介が叫んだが、リーナは焦ったのか、リーフにさらに速度を上げさせた。
「くそっ……ペースが早すぎる!」
アイアンブレードの背中を追いかけるリーフの呼吸が荒くなり、脚の動きが乱れ始めていた。
「リーナ……落ち着け!」
3. 風をまとった走り
第3コーナーに差し掛かったとき、リーフの足が一瞬もつれた。
「まずい……」
リーナの焦りが顔に浮かぶ。
「リーフ、風を――」
その瞬間、突風が吹き荒れ、リーフの体が大きく傾いた。
「うわっ……!」
リーフが転倒しかけた次の瞬間、リーナが素早く手綱を引き、リーフの体勢を立て直した。
「……落ち着け、リーフ」
リーナは小声でささやいた。
「風に乗るんじゃない……“風をつかむ”のよ」
リーフの体が軽く震え、再び走り始めた。
「行ける……!」
リーフの周囲に、蒼風のときと同じ風の渦が生まれ始めた。
「……そうだ、そのまま!」
リーフは風の流れに乗るように、なめらかな走りを取り戻し、徐々にスピードを上げていく。
4. ゴールへの勝負
「来た……!」
最終直線。リーフはアイアンブレードの背後にピタリとついていた。
「リーフ、もうひと押しだ……!」
リーナが声を上げると、リーフの体がさらに加速した。
「リーフ……お前ならできる!」
圭介は固く拳を握った。
「追い抜けえええええ!!!」
観客の歓声が響き渡る中、リーフがアイアンブレードのわずかに前に出た。
――そして、ゴールライン。
「勝った……?」
リーナが振り返ると、写真判定の結果が掲げられた。
――1着:リーフ
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
リーナが歓声を上げる。
5. 未来への一歩
「……やったな」
レース後、リーフの首筋を撫でながら圭介はつぶやいた。
「これで、グリーンフィールドは本当に再建に向かうわね」
「まだまだこれからさ」
圭介はリーフを見つめた。
蒼風とは違う、若くみずみずしい生命力がそこにはあった。
「リーフ、お前がこれからのグリーンフィールドを背負っていくんだ」
リーフは静かに鼻を鳴らし、まるでそれに応えるかのようにたてがみを揺らした。
「異世界でも、競馬はロマンだな」
圭介の言葉に、リーナが笑って頷いた。
「ええ、そうね」
空に流れた風が、競馬場を優しく包み込んでいた。