第五章:最終決戦 ―― 風と炎の激突
競馬好きのサラリーマン・圭介(35歳)は、交通事故に遭い、魔法と競馬が支配する異世界「エクウス王国」に転生する。 その王国では、魔法馬を駆使した競馬が経済の中心となっていたが、かつて名門だった競馬場「グリーンフィールド」は、経営難と騎手不足で倒産寸前の状態に。圭介は女騎士で支配人のリーナに頼まれ、競馬場再建を引き受ける。ライバル・ガラハドとの決着は?
1. 最後のコース ―― 風の断崖
「ラストスパートだ、蒼風!」
リーナの声が響き渡り、蒼風が風をまとって加速した。
最終コースは「風の断崖」――風が吹き荒れる急勾配の山道で、競走馬にとっては最も過酷な難関だった。
崖の端には足場の危うい細道が続き、失敗すればそのまま谷底へと転落しかねない。さらに、突風が不規則に吹き荒れ、バランスを崩せば一瞬で脱落するコースだ。
「ここが勝負所だ……!」
圭介は息を呑み、拳を握りしめた。
「ついてこられるかよ!」
ガラハドの声が響き、インフェルノが猛然と駆け出した。
その瞬間、インフェルノの身体が再び炎に包まれ、周囲の風さえ燃え上がるかのように熱気が立ち昇る。
「……また魔法強化を使うつもりか」
圭介は奥歯を噛みしめた。
インフェルノのスピードは凄まじく、崖道の細いコースをものともせず突き進む。
「ガラハド、あんな無理な走り方をしていたら……」
「……インフェルノの体がもたないわ」
リーナの声が震えた。
「でも、あいつの狙いはそれじゃない」
圭介の目は険しく光っていた。
「俺たちに無理なペースを強要させて、道連れにするつもりだ」
「リーナ、無理に追うな!」
「でも……!」
「風を読め。蒼風は、風の流れをつかめば絶対に負けない!」
「……わかった!」
リーナは大きく息を吸い込み、蒼風の首筋を優しく撫でた。
「いい? 今度は“風に乗る”んじゃない……“風を作る”のよ」
次の瞬間、リーナは手綱を引き、蒼風のスピードをわずかに落とした。
「……っ、遅れるぞ!」
圭介が焦るのを感じながらも、リーナは目を閉じ、集中した。
「蒼風、信じてるよ……」
その言葉に応えるように、蒼風が静かに鼻を鳴らした。
――ヒュウウウウッ……
蒼風の身体の周囲に風が渦巻き始める。
「……風の渦が大きくなってる」
圭介は、目の前の光景に息をのんだ。
蒼風が生み出した風は、吹き荒れる突風の流れに逆らうことなく、むしろ“乗る”ように柔軟に形を変えながら加速していく。
「行け、蒼風……!」
リーナが叫ぶと、蒼風はまるで風そのものになったかのように崖道を駆け上がった。
2. 禁断の魔法
「チッ、しつこいな……!」
ガラハドの表情が険しく歪んだ。
「なら、これで終わりだ」
彼は手綱を強く引き、インフェルノに魔力を注ぎ込んだ。
「……まさか!」
圭介は声を上げた。
「禁断の魔法だ……!」
インフェルノの身体が赤く燃え上がり、瞳が狂気のように赤く輝いた。
「ガラハド! それをやったら……!」
「うるせぇ! 勝てばいいんだよ!」
インフェルノが爆発するように加速し、蒼風のすぐ後ろまで迫った。
「このままじゃ……!」
圭介の額に冷や汗が滲む。
インフェルノのスピードは異常だった。けれど、その蹄の動きは荒く、バランスが完全に崩れていた。
「……崩れるぞ、ガラハド!」
次の瞬間、インフェルノの右前脚が突如、地面を蹴り損ねた。
「っ!? インフェルノ!」
ガラハドの叫びもむなしく、インフェルノの体は崖の外へと大きく傾いた。
「ガラハド……!」
リーナが悲鳴を上げる。
「蒼風、行け!」
圭介の叫びと同時に、蒼風は風の渦を広げ、横滑りするインフェルノの脇に並びかけた。
「……まさか!」
リーナが手を伸ばし、インフェルノの鞍にしがみつくガラハドの腕をつかんだ。
「リーナ、引き上げろ!」
「……っ、うおおおっ!」
蒼風が風をまとって踏ん張り、インフェルノとガラハドを引き戻した。
3. ゴールへの疾走
「ガラハド、しっかりつかまってろ!」
「くそっ……世話かけやがって……!」
ガラハドが乱れた呼吸で答えたとき、背後から響いたのはレース終了間際の鐘の音だった。
「急げ、リーナ! ゴールはもうすぐだ!」
「行くわよ、蒼風!」
蒼風が風の流れをまとい、まるで空を駆けるように疾走した。
――シュウウウウッ!
まるで風が駆け抜ける音そのものが蒼風と同化していた。
「勝った……!」
圭介の目の前で、蒼風は一番にゴールラインを駆け抜けた。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!!」
リーナの歓声が響き、観客席からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。
4. 和解と再出発
「……助けられた借りは、返さねぇとな」
レース後、ガラハドは苦笑しながら圭介に手を差し出した。
「まぁ、次は負けないけどな」
「次も勝たせてもらうさ」
圭介はその手をしっかりと握り返した。
「さぁ、これでグリーンフィールドも再出発だな」
「うん、そうね」
リーナが静かに厩舎を見上げると、蒼風が穏やかに鼻を鳴らしていた。
「……ありがとうな、蒼風」
リーナが小さくつぶやくと、蒼風はまるで誇るようにたてがみをなびかせた。
――グリーンフィールドは、再び王国を代表する競馬場として息を吹き返した。
そして、圭介は異世界の競馬場再建という新たな“レース”のスタートラインに立っていた。