第四章:王国ダービー開幕
競馬好きのサラリーマン・圭介(35歳)は、交通事故に遭い、魔法と競馬が支配する異世界「エクウス王国」に転生する。 その王国では、魔法馬を駆使した競馬が経済の中心となっていたが、かつて名門だった競馬場「グリーンフィールド」は、経営難と騎手不足で倒産寸前の状態に。圭介は女騎士で支配人のリーナに頼まれ、競馬場再建を引き受ける。
1. 開幕前夜
王国ダービーを翌日に控えた夜、グリーンフィールドの厩舎は静まり返っていた。
「……大丈夫だよな?」
圭介は蒼風の馬房に腰を下ろし、静かに問いかけた。
蒼風は目を細めながら、鼻を鳴らして応えた。
「お前ならやれるさ」
そう言いながらも、圭介の胸には不安がくすぶっていた。
――ガラハドとインフェルノ。
あの爆発的なスピードに対して、蒼風の「風の渦」だけで本当に勝てるのか。
「……弱気になってる場合じゃねぇな」
圭介は拳を握りしめ、馬房を出た。
空には大きな月が浮かび、淡い光が競馬場を照らしていた。
「明日、負けたら……もうここは終わりかもな」
「そうね」
不意に声がした。振り向くと、リーナが腕を組んで立っていた。
「こんな競馬場、潰れてもいいって思ってたのよ」
「……え?」
「私が支配人を引き受けた時には、もう観客はほとんどいなくて、馬は次々に手放すしかなくて……もう無理だって思ってたの」
リーナの声には、いつもの強気な調子はなかった。
「でも……あんたが来て、蒼風が立ち上がって、なんか……希望みたいなのが見えてきたのよ」
「……明日は、勝つぞ」
「うん……」
リーナは小さく微笑み、静かに空を見上げた。
2. 王国ダービー開幕
翌日、王国ダービーの会場となるグランドロイヤル競馬場は、まるで祭りのような熱気に包まれていた。
「すごいな……」
圭介はスタンドの群衆を見上げ、思わず息を呑んだ。
数千人もの観客が詰めかけ、色とりどりの旗が揺れている。各競馬場の応援団が声を張り上げ、馬たちの名前を叫んでいた。
「どうやら、話題にはなってるみたいだな」
ふと耳に入った言葉に、圭介は視線を向けた。
「よう、異世界の知恵者さん」
ガラハドが不敵な笑みを浮かべながら立っていた。
「そっちの“奇跡の復活馬”とやら、楽しませてくれよ」
「……楽しみにしとけ」
圭介は睨み返し、リーナと共にパドックへと向かった。
「落ち着いていこうな、蒼風」
圭介が声をかけると、蒼風は小さく鼻を鳴らして応えた。
「行ってくるわ」
リーナは軽く手を上げ、スタート地点へと向かった。
3. 第一の試練 ―― 炎の峡谷
「レース、スタート!」
合図の旗が振られ、十頭の魔法馬が一斉に飛び出した。
「行け、蒼風!」
リーナの掛け声に応じ、蒼風は風をまといながら軽やかに加速した。
最初のコースは「炎の峡谷」。周囲の空気が灼熱に染まり、地面は焦げるように赤黒く熱を帯びていた。
「これは……」
圭介が顔をしかめる間もなく、インフェルノが燃え盛る炎の塊のように駆け抜けていった。
「さすがインフェルノ……火属性の魔法馬には最高の環境だな」
蒼風は懸命に食らいつくものの、インフェルノとの差は徐々に広がっていく。
「無理に追いかけるな! ここは耐えるんだ!」
圭介が叫ぶと、リーナは小さく頷いた。蒼風は無理に加速せず、風の渦をまといながら一定のペースで進んでいく。
「……いいぞ、そのままだ」
4. 第二の試練 ―― 氷の迷宮
続くコースは「氷の迷宮」。
「……ここで巻き返すぞ」
氷の迷宮は冷気が漂い、足元が滑りやすくなっている。
「蒼風、バランスを取れ!」
蒼風は風の渦を拡張し、地面との接地面を巧みに調整しながら走る。
「よし……」
インフェルノは熱気が原因で徐々にペースを落とし、蒼風との差は一気に縮まっていった。
「そのまま……抜けるぞ!」
蒼風はインフェルノのすぐ背後につき、そのままコーナーを回った。
「やった!」
圭介が拳を握った瞬間――
「へぇ、思ったよりやるじゃねぇか」
不意にガラハドがニヤリと笑った。
「なら、こっちも本気を出すぜ」
インフェルノが突如、再び加速した。燃え上がるような炎が馬体を包み、地面が焼け焦げていく。
「……なんだ、あれは」
「“炎の魔法強化”だ」
リーナが険しい顔で言った。
「でも、あんな無理な加速、インフェルノの体が……」
「……いや、そこが問題だ」
圭介は険しい顔で、なおも加速し続けるインフェルノを見つめた。
「……ガラハドは、インフェルノを限界まで追い込むつもりだ」
「……これが、本番だな」
圭介は、握りしめた拳を強く握り直した。
「リーナ、準備はいいか?」
「もちろん!」
レースは、最終の決戦へと向かっていく。