夢、膨らむ
マリノラという男は実に器用な男だった。イリノが拾ってくる剣を見ると、すぐさま革の切れ端を繋ぎ合わせて鞘を拵えた。太い糸と針をブツブツと刺しながら、チクチクと革を繋ぎ合わせていくその腕前は実に見事で、その作業風景は道行く人の足を止め、彼らの前にはいつも人だかりが出るまでになっていた。
この男は店にくる前に、町の革細工屋に向かい、そこで出た切れ端を集めてきた。あるときイリノはふと、マリノラにどうしてこんな仕事をしているのかと聞いてみた。
「アンタ、これだけの腕があるのに、どうしてこんなところで露店なんかやっているんだ? すぐにでも店が持てそうなのに」
「バカ野郎。店ぇ持つと、この町から動けなくなるじゃねぇか」
「じゃあ、この町に留まる気はないのかい?」
「それはわからねぇ。ただ、この町に飽きたらまた、別の町に流れていくだけさ。俺は縛られるのが大嫌いでね。だからいつでも動けるようにしておきたいのさ。よく工房から働かねぇかと声もかかるんだが……。親方や兄弟子にヘーコラ頭を下げて生きるなんざ、それこそ、まっぴらごめんだ」
イリノはそれ以上は何も聞かなかった。心の中で、そんな生活もアリだと思ったし、この男とは話が合うと思ったのだ。
仕事は順調だった。彼は売り上げを溜めて銀貨に換え、さらにそれを金貨に換えるのを楽しみにしていた。懐の金貨が増えていくことが何よりもうれしかった。そして店が終わるとギルドに行き、食事を摂りながらあの女性を眺めるのだった。
女性とは、目が合うと会釈するようになっていた。彼女はずっと仕事をしているために話をすることはできなかったが、それでも、挨拶をすれば返してくれるし、彼女もまた、彼を見かけると、おはようございます、お疲れさまでしたと声をかけてくれるようになっていた。
決して美人というわけではないが、やはり、身についた品性というものが目を引く。イリノが育った村にはいないタイプの女性だった。
……やっぱり、あの女性と結婚しよう。となりゃ、住むところも考えなきゃいけないし、色々と金もかかる。もっと稼がないと。
そんなことを考えた彼は、町で机と椅子、そして大きな傘を買ってきた。これまでは雨が降ると仕事は休みにしていたが、これがあれば雨でも店が出せる。ということは、さらに稼ぎが増えることになる。イリノの夢は大きく膨らむばかりだった。そんな彼を見てマリノラは、俺ぁ雨の日まで働くのは御免だと言って苦笑いを浮かべていた。
すでに彼がこの町に来てから、四ヶ月が経とうとしていた……。