むき出しの剣
それからしばらくして、イリノは新しい商売を始めた。相変わらず露店ではあったが、刃物研ぎの仕事に加えて、刀剣を売るようになっていた。
城壁を出てしばらく行くと、大きな池がある。彼はそこに毎日のように通うようになっていた。そこは、冒険者たちが古くなり、武器屋や古道具屋に買取を拒否されたものを捨てていく場所であった。彼はそこからまだ使えそうな武器を取り出して研ぎ、店で売るようにしたのだ。
それは店に出してすぐに売れた。むき出しの剣が筵の上に置かれているという状態であり、その光景を見る人は一様にギョッとした表情を浮かべるのだが、研ぎ澄まされた剣と価格の安さに引かれて手に取る人はいたのである。
「……おい坊主、これは本当に銅貨一枚でいいのか?」
この国では、金貨一枚は日本円にして約十万円の価値である。金貨一枚は、銀貨五枚と交換され、さらに銀貨一枚は銅貨四枚との交換というのがレートであった。人々は、それなりのものに見える剣がおよそ五千円で売られていることに驚愕し、目を丸くしてイリノに尋ねるのだった。
「銅貨一枚で売るさ」
「……鞘は」
「ねえ」
「ねぇだぁ? じゃあどうやってこれを持ち歩くんだ」
「鞘がねぇからこれだけ安いんだよ。鞘が欲しければ、この辺の露店を回ってみるといいよ。それなりのものが見つかるかもよ」
イリノの言葉に客は胡散臭そうな表情を浮かべるが、大体の者はむき出しの剣を携えて露店回りをするのだった。
そんな剣を売り出して三日経った頃、イリノの隣に一人の男が露店を出した。彼は背中に背負った大きなかごの中に、大量の革の切れ端を入れていた。
「あんちゃん、おめぇ、俺と組まねぇか」
出し抜けに男は声をかけてきた。そんな彼をイリノは胡散臭そうな表情で眺めた。
「俺ぁマリノラってんだ。革職人だ。あんちゃんの剣、鞘がねぇんだろう? 俺が革で鞘をこしらえる。どうだ?」
どうだと言われても返答に困ったが、隣で鞘を作ってくれるのなら、剣もさらに売れるのではないか。そう考えたイリノは、男の提案を受け入れることにした。
「俺はイリノ。よろしくな」
「話が早くて、助かるぜ」
マリノラはそう言うと、背負っていたかごを下ろし、ドカリと地面に腰を下ろした。