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ニイ

王女は穏やかな表情を浮かべている。イリノは思わず心の中で、いつもこんな表情ならいいのになと思ったが、さすがにそれを口にすることはできなかった。


「一体、何の生き物でしょうか」


「背中に羽など生えていないか」


イリノは猫をひっくり返してみるが、それらしきものは見えない。


「……そうか。銀色というからには、ドラゴンかと思ったのだがな」


「……見るからに猫ですね。さっきもニャーニャーと鳴いていましたし」


「そうだな。やはり猫か。ドラゴンはニャーとは鳴かないな。ハハハ」


そう言って彼女は嬉しそうに笑った。その表情はまだあどけなさが残っているように見えた。


「で、その猫はどうするのだ」


「ああ、特に考えてはいません。もしかしたら、森の中に帰るかもしれませんし」


「そうだな、しばらく様子を見るか」


そう言って彼女は満足そうに頷いた。


◆ ◆ ◆


猫は森に帰るどころか、それからイリノの家に居付いてしまった。いつも彼の寄り添い甘えるので少し閉口したが、その愛らしさのせいでついつい彼はこの猫に構うのだった。


しかも猫は姿が見えなくなったと思ったら、必ずイリノが拾ったあの石の上で寛いでいた。時にペタリと座り込んでいるかと思いきや、腹を出して寝ていたりする。その姿はどれも愛らしいもので、イリノも王女も思わず笑みを漏らすほどだった。彼はその様子を見ながら、今は仕事はしていないためにあまり使うことはないが、仕事をするようになればこの猫を追い出さねばならないのかと思うと、少し心が痛んだ。


イリノはこの猫を「ニイ」と呼ぶようになった。いつも彼に甘えてくるときに、ニイーニイーと鳴いているところから、自然とニイと呼ぶようになった。そのニイは家にきて三日目には、部屋のあちこちを走り回るようになったのだった。


そのニイが家にきて五日目の昼下がり、昼食前にはイリノの体に頭や顔をすりつけてくるのだが、この日に限っては猫は玄関の扉の前から動かなかった。


「おいニイどうした。食事にするぞ」


そう呼び掛けてみてもニイはイリノらに背中を向けたままだった。一体どうしたのかと思っていたが、王女が腹が減れば来るだろうというひとことで、二人はそのまま食事を始めた。


昼食が終わり、食器を片付け始めてもニイは玄関の前から動かなかった。じっと扉を眺め続けている。その後ろにミルクを入れた皿を置いていたのだが、それには一切手を付けていない。


「どうしたニイ、外に出たいのか」


イリノがそう言って扉を開ける。ニイはトコトコと外に出ると、キョロキョロと周囲を見廻し始めた。てっきり仲間の猫か母猫が探しに来ているのを察知したのかと思っていたが、猫はしばらくするとクルリと振り返ってイリノに視線を向けると、再びニーニーと鳴き、村の出口に向かって走っていった。


一体どこに行くのかと様子を見ていると、猫は再び振り返って鳴き声を上げた。どうやらついて来いと言っているように見える。イリノは仕方がないと扉を閉めて猫の後に付いて行く。ニイはイリノが近づいてくると、そこから逃げるかのようにして再び走り出し、しばらく行くと振り返って彼が来るのを待った。


「おいニイ、どこに行くんだよ。そこから先は村の出口だ。危ないぞ」


イリノの言葉を無視するかのように猫は走り出した。イリノは仕方なくその後を追いかけていった。


結局ニイが止まったのは、村から出て山を下り、草原にまで出たところだった。ここは危険だ。敵に見つかりでもしたら、命が危ない。イリノは猫を抱えると急いで村に戻ろうとした。


「ニャッ」


突然猫がこれまで聞いたことのない声を上げたので思わず足を止める。ニイはスンスンと鼻を鳴らしている。


「ニイここは危険だ。それに寒いよ。家に帰って温まろう」


そう言って村に帰ろうとしたそのとき、イリノの耳に聞きなれない音が聞こえてきた。一体何事だと周囲を見廻してみると、北東の方角に黒い一団が見えた。あれは……騎士だ。四騎がこちらに向かってきていた。向こうもイリノの存在に気付いているらしく、全力疾走でこちらに向かってきていた。


これはまずい、と心の中で呟いて村に戻ろうとしたが、はたと足を止めた。村まで追いかけられてきたらば、王女様の存在がバレてしまう。ここは何とか躱すしかない。そんなことを考えている間に、騎士たちは見る間に近づいてきて、イリノのすぐ傍で止まった。


「貴様は、何だ」


そう言って馬上から話しかけてきたのは初老の男だった。目に知性を感じる。軍服を着込んでいるが軍人らしくない風貌だ。それに、まだ戦争中であるにもかかわらず、鎧を装備していないことも奇妙さを感じる一因だ。他の三名の騎士は鎧兜を装着している。


「こ……この周辺の、村に、住む、者です」


何故だかわからないが、言葉が上手く出てこない。寒さのせいだろうかと思ったが、それが相手には恐怖しているように見えたようで。馬上の男は馬からひらりと降りると、イリノの傍まで近づいてきた。腰に差している剣を後ろに廻している。こうすると柄が後ろに行くので、すぐに剣を抜くことはできない。敵意がないことを示す態度だった。


「ここで何をしている」


「いえ……飼っていた、猫が……」


「猫?」


男はイリノの腕に抱かれている猫に視線を向ける。彼は一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、やがて再びイリノに視線を向けると、少し声を落としながら口を開いた。


「我々は王女様を探している者だ。心当りはないか」

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