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無人の村

王女は布で剣を磨き始めた。その様子を見ていると、本当に、我を忘れて一心不乱に剣を磨いている。本当に剣に魂を奪われているのではないかと思う程だ。そのとき、イリノは父親の言葉を思い出していた。剣を研ぐというのは、砥石で研ぎ終わると終わりではない。その後の布での研磨も重要なのだ。ただ、一心不乱に我を忘れて磨かなければ、本当の剣の美しさは出てこない。その父親の言葉に従えば、この王女の行為は正しいものであると言えた。


イリノは窓の外に視線を向ける。いい天気だ。だが、普段聞こえていた村人たちの生活の音がまるで聞こえないために、何だか少し違和感がある。それでも窓に映る空の青さは、冷たい空気のためか冴え渡っているかのように感じられ、彼はしばしの間、空に吸われた。


ただ、このままこの村で二人でいるというのもあと一日くらいが限界だろう。そういつまでもここに居続けることはできない。問題は王女をどうするかだ。目の悪い王女を伴っての山越えは危険だ。背負っていくという選択肢もないではないが、自分の体力が尽きてしまう。道も、途中まではわかるが、山を越えてからの先は行ったことがないのでわからない。山を越えればハラドという小さな集落があるが、そこでこの王女を匿ってもらえるだろうか。下手をすると王女だけでなく、自分も襲われて命を失う可能性もある。そんなことを考えていると、これから先、どうしてよいのかがわからなくなってきた。


大きなため息をつく。その音を聞いて王女が口を開く。


「どうした」


「いや、何でもありませんよ」


「これから先、どうするべきかを考えていたのであろう。私の眼が悪いのをどうしようかと考えていた、違うか」


「……」


「そなたは正直だな」


「そうですかね」


「そこが貴族や王族との大きな違いだな。彼らは決して本音を表に出さない。だからこそ、付き合うためにはかなり神経を使わねばならないが、そなたはいいな。考えていることが手にとるようにわかる」


「そんなものですか」


「うむ。ただ、言っておくが、目が悪いのは私に限ったことではない。大体、王族の女性は目が悪いのだ」


「そうなのですか?」


聞けば、王族や身分の高い貴族の女性は後宮の奥深くでかしずかれていることが多い。そこは日当たりが悪く、昼でも薄暗い。そんな中で読み書きの稽古をするために、どうしても猫背になりがちで、目を悪くするのだという。この王女は自分の姿勢の悪さがコンプレックスだったのだが、軍に入って剣を学ぶとそれは矯正された。だが、どうしても目だけは治らなかったのだという。


「夜はさすがに見えにくいが、昼間は問題ない。明日あたり、偵察を兼ねて周囲を歩いてみてもよいかもしれぬ」


「敵に見つかりませんか」


「人の気配はない」


「う~ん」


イリノは悩んだが、王女は自分の案を実行する気らしい。面倒くさくなった彼は、明日にもう一度考えることにして、森に食料を獲りに出かけることにした。王女は付いて行くといったが、すぐに帰ってくるというイリノの言葉に不承不承ながら納得したのだった。


実際、彼が取ろうとした木の実は村の入り口付近にあった。それらを獲って帰って来るまでに三十分もあればコトが足りた。王女を連れて行くと、手がふさがるために効率が実に悪い。こういうことはサッサと行ってサッサと帰ってくるに限るのだ。


善は急げと彼は手にざるを持って外に出る。身を切るような冷たい風が体に沁みる。そそくさと小走りに村の入り口に向かい、そこから周辺になっている野イチゴやブドウのような果実を手早く獲ってザルに入れる。ついでに生えている山菜なども次々に収穫していく。


ふと、妙だと思った。この辺に山菜が生えているのは珍しい。大体は村のオバサン連中が早起きをして、この辺の山菜は獲られているものなのに、そうでないということは、かなり前からこの場所には誰も来ていないことになる。


ふと思い立って、村はずれの川まで行ってみる。ここには、村のナルペットおばさんが魚を獲るための罠があるのだ。子供の頃にこれにいたずらをして、頭の形が変わるのではないかと思う程にブン殴られたことがある。イリノにとってはトラウマに近い思い出のある場所ではあるが、彼はそこに行ってみた。


「うわっ」


思わず声が出た。川のすぐ傍に少し大きめな池ができているのだが、そこには大量の魚がひしめき合っていた。しかもその大半が、シマルという魚で、この冬しか取れない上等の魚だった。ただ、どう考えてもこれは、一週間は誰の手も入っていない状態であると言えた。もしかすると、村人がここから消えたのは、予想していたよりも前なのかもしれない。


そんなことを考えながら、彼は手づかみで魚を数匹獲り、そうして家に戻った。


「いや、すみません。少し遅くなりました。魚が獲れました。今夜は……王女様?」


見ると王女が片膝立ちになって耳を澄ましている。彼女はイリノに視線を向けると、黙って人差し指を口元に当てた……。

あけましておめでとうございます。年末年始は体調を崩してしまい、更新が止まっていました。まだ、回復途中のため、更新はゆっくりとなりますが、これからも執筆したいと考えています。どうぞご贔屓の程、お願い申し上げます。

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