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名刀?

再びあの白い石を使って王女の剣を研いで鞘にしまう。あらためて持ってみると、この剣は少し重くて、バランスが悪い。万人受けする剣ではない。言わばかなり特殊な剣であると言える。


せっかくなので、ルエネス大尉と大佐の剣も研いでみることにする。ルエネス大尉のそれは、実によく手入れされた剣で、非常に良い剣だった。王女のそれとは真逆のもので、重さも程よく、バランスも問題ない。ただ、強度という点で言えば少し甘めだ。長く使い続けられるものではない。どちらかというと、儀式用に用いられるような感覚を覚える。


「うわっ」


大佐の剣を引き抜いてみると、おもわず声が漏れた。それに反応したのか、王女も傍にやって来た。


「どうした」


「ひどい……剣だ」


剣の一部が錆びていた。剣を錆びさせるなど、およそまともな軍人のすることではない。だが王女はそれを手に取ると、しばらくの間眺め続けた。


「確かに錆びてはいるが、よい剣だ。ただ……」


「ただ?」


「ヤツはこれでかなりの人間を斬っているな」


「え?」


「錆びているのは、人間の血と油のためだろう。剣が錆びるのには時間がかかる。察するところ、先の戦いより前から、人を斬っていたのだろうな」


「そんなことが、わかるのですか」


「まあな。これでも剣には少しうるさいのだ」


「そう、です、か」


「その剣を研いでみよ。これが名剣の類であることは、貴様ならわかるはずだ」


言われるままに剣を研ぐ。錆を落とし、細かい刃こぼれを修復してく。


「おお……」


研ぎ終わってみて驚いた。くすんでいた剣がまるで輝くばかりの光沢を取り戻し、さらには、そこには美しい刃紋が浮き出ていた。気のせいかもしれないが、少し軽くなったような気がする。何ともしっくりくる剣だった。


「さすがはクベルカラ侯爵家の世継ぎが持つ剣だけあって、見事なものだな」


「そう、ですね。これは……おそらく、鋼を何十にも折り返しながら作られた剣ですね。強い、ちょっとのことでは折れないでしょう。さらには切れ味もかなりのものですね」


「ほほう。そんなことまでわかるのか」


「まあ、オヤジは鍛冶屋でしたので」


「そうであったな。そなたは剣を打たぬのか」


「ご冗談を。体が小さかったので、鉄槌がふるえなかったのです。もっとも、兄貴がいましたので、俺は傍にもよらせてもらえませんでしたが」


「そなたの兄上は、今何をしておられる」


「さあ……。家を飛び出したまま、どこにいるのかはわかりません。ただ、腕はよかったので、どこかで鉄を打っていることだと思います」


「……左様か」


王女の眼が優しいそれに変わっていた。イリノは直感的に、この顔こそが、この女性の本来の姿なのではないかと思った。彼女は生きるために、自分で自分の人生を歩むために剣を覚えたのだろう。彼女が身を置いた世界は、命のやり取りに及ぶことも少なくない。目の悪さというハンデを補うためには、ああした凶悪とも言える相にならざるを得なかったのではないか。そう考えるとイリノは、この王女が哀れに思えた。


「その剣は、そなたが持つがよい」


不意に王女が口を開く。


「そなたが持っていろ。それが、よさそうだ」


「はい。今後とも、ルエネス大尉の剣と共に、私が持って歩きまして、いつの日か大佐殿のご家族に会うことができましたら、こちらをお返し……」


「ハッハッハ。違う。そうではない」


王女が笑い声をあげている。初めて見る、穏やかな表情だ。


「そなたに、その剣を与える。自らの差し料とせよ」


「えっ? でも……これは……」


「よい。そなたに与えよう」


「はっ……」


「その方が、剣も喜ぶであろう。その剣とそなたとは相性がよさそうだ。持ったときに、しっくりくる感触がなかったか」


「まあ、正直に言うと、ありました」


「相性の良い剣を持つと、力が増幅される。剣も、お前を選んだのだろうな」


「あの……ということは、王女様のお持ちの剣も……」


「ああそうだ。私はこの剣が一番しっくりくる」


「ええと、素人了見で恐縮ですが、お持ちの剣は、少し重くないでしょうか。それに、少しバランスも悪いように感じられましたが」


「ほう。そこに気がついたか。貴様、話せるではないか。あれは誰にも扱えぬ剣であったのだ。まさに貴様の言う通り、あれを持つ者は一様に、重く、少し左に傾いているような感覚を覚えると言う。だが、私はあれでなければならない。一番抜きやすく、振るいやすい。あの重さがいい。少し左に重心がある方が扱いやすい。なまくらだの、鈍刀だのと口汚く言うが、私にとってはもっともしっくりくる。そう、言うなれば、私の肉体の一部であるかのような感覚を覚える剣だ」


イリノは反省した。つい先ほどまで、この剣が妖刀ではないかと疑ったことを恥じた。王女のもっとも相性の良い剣だったのだ。彼女の体に最も合う剣だったのだ。あの剣技は、この剣と共に磨かれたことを考えると、まさにこれは彼女の人生の一部であると言っていいものだ。そう考えると、王女がこの剣がなくなったらば、生きる気力を失うと言う言葉は、決して大げさなものではないと思った。


「そうでしたか……。でもやはり、王女様の剣も、それなりのお方が拵えた、名のある名刀なのでしょうね」


「うむ。名刀かどうかはわからないが、切れ味が鋭いために、一度この剣で人を斬ると、その感触が忘れられずに人を斬り続けると言われたという伝説がある。長い間、城の地下宝物庫で厳重に管理されていた剣だ」


……やっぱり妖刀じゃねぇか。

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