人が変わる?
取り敢えず収穫してきた玉ねぎを刻み、キャベツを切り、沸騰させた鍋に入れる。さらに、あまった玉ねぎでサラダを拵える。一段落すると、今度はフライパンを温めておいて、そこに干し肉を放り込んで焼く。香ばしい臭いが周辺に立ち込める。焼き上がると、それを切り分けていく。
「そのようなことをせずとも、切ってから焼けばよいのではないのか」
王女が不思議そうに尋ねてくる。
「子供の頃からこうして焼くように教えられました。何でも、切って焼くよりも旨いのだそうです」
「左様か」
そんなことを言いながら王女の腹も鳴っている。調味料がないので、塩だけの味付けになってしまったが、味見をしたところそれなりに食べられるものに仕上がっているので、それをそのまま出す。
「ん……美味しい」
気に入ってくれたらしく、王女は頻りに頷きながらそれらを口に運んでいる。イリノも同じように食べていく。悪くはない味だ。
「パンがあればいいのですが……」
そんなことを言いながら、別の鍋に入れて温めていたミルクをカップに注いで出す。下をヤケドしないように、温度も確認済みだ。
「ううん……」
王女は頷きながらそれを飲んでいる。その様子を見て、イリノも同じようにミルクを口に運ぶ。やはり搾りたてのミルクは上手いなと心の中で呟く。
食事を終えると、王女は手持無沙汰になったのか、キョロキョロと家の中を見廻し始めた。さらにそれが飽きると、自分の剣を取りだし、ゆっくりと鞘を抜き払った。その剣を彼女はじっと凝視している。
目が悪いのに、剣の切れ味などわかるものだろうかという心配をよそに、彼女は剣を自分の頬に当てている。どうやら切れ味を確認しているらしい。
「やはり、少し切れ味が落ちている、か」
ややあって彼女は誰に言うともなくそう呟いた。
「……研ぎましょうか?」
「なに?」
「その剣、研ぎましょうか。俺はもともと研ぎ屋ですから」
「まことか」
王女の手から丁寧に剣を受け取ると、自分のリュックからあの白い石を取り出し、剣を研ぐ。そんなに時間はかけない。数度研げば元の切れ味に戻ることを知っていたからだ。傍にあった布の切れ端を切ってみる。一瞬で一刀両断することができた。
「お返しします。切れ味が戻っていますので、気を付けてくださいね」
そう言って彼女の剣を返す。王女は再び剣をじっと見ていたが、やがて、それを頬に当てた。
「冷たい、な」
そう言うとブルッと体を震わせた。ややあって、ゆっくりとイリノに視線を向ける。鋭い目つきではなかった。何か、呆然とした目だった。
「きるものを、持て」
そう言って再び体を震わせる。ああ、寒いのだなと解釈してクローゼットの中をあさる。死んだ母親が冬にきていた、毛皮でできたジャケットが残されていた。それをもって王女の許に戻る。
「どうぞ。むさくるしいものですが、こちらをお召しください」
「……何じゃこれは」
「兎の毛皮を集めて作りましたジャケットです」
「バカ者! 私が持って来いと命じたのは、斬るもの。この剣を試し切りにするものを持てと命じたのじゃ」
「た、試し切り?」
ええい。よい。王女は抜き身の剣を持ったまま玄関のドアを開けた。朝日が参さんと降り注いでいてまぶしい。そんな中、彼女はまぶしそうに目を細めながら、周囲を伺っている。
「ぬぇい!」
突然絶叫にも似た声が聞こえた。家のすぐ傍に生えていた木がすっぱりと斬られていた。
「今斬ったのは、何だ」
「きっ、木ですね」
「木か。よい。よい感触だ。切れ味が上がっているようにすら感じる。うむ、大儀じゃ」
「あ……ありがとう、ございます」
大丈夫か、と心の中で呟く。切れ味を試したいからと言って、何のためらいもなく近くの木を斬りに行くだろうか。もしかしたらこの王女は剣を握ると人が変わるのだろうか。それとも、この剣自体がいわゆる妖刀と言われるものなのだろうか。
イリノの心配をよそに彼女は満足げに頷くと、再び家の中に入っていった。そして鞘を持つと、そこに剣を大事そうに納めた。
「これで、敵が襲ってきても、十分に戦うことができる。安心したぞ」
「あの……」
「何だ」
「今、木を斬られましたね?」
「斬ったがどうかしたか?」
「恐らく、今、木を斬ったことで、少し刃こぼれができてやしませんかね」
「刃こぼれ?」
王女は少し考えていたが、やがてイリノに鋭い視線を向けると、黙って剣を差しだした。
「あとで、研いでおきますね」
王女は申し訳なさそうに頷いた。
「剣を……」
「はい?」
「剣がなくては、私は生きていけぬ」
「そんなことは、ないと思いますが……」
「剣を持つと、何でもできそうな気がする。不安や心配事が一気に解消される気持ちになるのだ。この剣がなくなったとき、私は生きる気力すら失うような気がしてならない」
王女の話を聞きながら、この人本当に危ないなとイリノは心の中で呟く。いや、本当に危ないのはこの女性ではなくて、彼女の持っている剣なのかもしれない。イリノの手の中で、その剣は不気味な光を放っていた。




