何言ってんの?
ふと目が覚めると、暖炉の火が消えかかっていた。起き出して薪をくべる。王女のベッドを見ると、彼女は仰向けに眠ったまま微動だにしていなかった。手を腹の上で組んでいる。まるで死んでいるかのようだ。
近くまで寄って耳を澄ませると、かすかに息をしている。ああ、よかった、生きていると思いつつ窓から外の様子を伺う。夜が白みだしていた。
近くにある水瓶を覗く。そろそろ井戸から水を汲んでこなければならない。この時期の水汲みは大変だ。寒さももちろんだが、井戸が凍ってしまっている可能性もある。そうなれば昼近くまで水を汲むことができない。
幼い頃、井戸から水を汲んだはいいが、誤って頭からそれをかぶってしまって、震えあがったことがある。まだ生きていた母親が、この暖炉の前で温めてくれたことを何故かいま、思い出した。
暖炉に向かい、木切れに火をつけて竈の中に放り込む。中に火が付いたことを確認して鍋に水を入れ、それを竈にかける。かなり長い間この家を離れていたが、戻ってくると体が自然に動くものなのだなと苦笑いする。これはいつもイリノがこの家でやっていたことだ。
傍らの箱を開ける。細かく刻まれた葉っぱが入っていた。これを湯に浸すといわゆる紅茶を作ることができる。親父が好んで飲んでいたものだ。一人になっても、これだけは豊富に蓄えていたらしい。
「さてと」
朝食をどうするのかを考える。いつもであれば前日までにパンが用意されて、野菜類が蓄えられていたが今はそれがない。村人に分けてもらうと言う選択肢も、今のところ難しそうだ。外に出て畑のものを拝借するか、と考えていたそのとき、ゴトリと音がした。
振り返ると、王女がベッドから降りようとしていた。まだ眠そうだ。だが、その姿を見て、イリノは驚愕した。
何と、王女がシャツを脱いで上半身裸になっていた。大事な部分は布が巻かれているために見えないが、それでも、上半身の半分以上が露になっている。
「お、う、え」
声にならない声を上げる。その声に王女の目の焦点が合った。と同時に、ハッとして顔を上げる。
「……見たのか」
「みっみっみっ、見て、いま、せん」
「見るな」
「はい」
王女はイリノに背中を向けると、床に下したシャツを拾い上げてそれを着ようとする。かなり動作がゆっくりだ。もしかして、相当に重いものなのかもしれない。ガチャリ、とか、カチャカチャ、といった金属が触れ合う音が聞こえる。その音を聞きながら彼はゆっくりと後ろを向いた。
「イリノ」
名前を呼ばれた。ハッと返事をして、傍に寄る。殴られないようにある程度の距離を取る。……目が、鋭い。確実に、殺そうとしているように見えた。
「正直に言え」
「ハッ」
「先ほどの、私の様子を見て、どう思った」
「べっ、別に、どうとも、思いません」
「本心か」
「本心です。あの……湯が沸いていますので、ちょっと、失礼します」
そう言って傍を離れる。このまま外に出て逃げてしまおうかとも考えるが、それをすると本当に殺されかねない。とりあえず、お茶を作って出して、落ち着いてもらう方が得策だと考えながら、お茶を入れる。
「……お待たせしました。お茶を用意しました。お口に合わないかもしれませんが」
そう言って彼女の傍にあるテーブルに置く。熱いですから気を付けてくださいと言ったにもかかわらず、彼女はそれを掴んで、すぐに手を離した。
「貴様は、私の体を、見たな?」
「ええと……」
「よい。そのことを責めているわけではない。昨夜、夢を見た」
「はい……」
「全く知らぬ老人だった。その老人が私に、気を付けろ、男たちに襲われると警告してきた」
「はぁ」
「さらに老人は言っていた。肌を見せてはならぬ。肌を見せると、男に襲われると」
「そうですか」
「ついいつもの癖で、起きてすぐシャツを脱いでしまったのは私の不注意だ。しかしながら、貴様は私の肌を見たのであろう。襲ってこないのは、どうしてだ」
「……」
どうしてだと言われても困る。昨日の夜、一瞬だけ考えたが、無理だと諦めたことを言っているのかとさえ思ったが、そんなことは口が裂けても言えない。答えに窮していると、さらに王女が言葉をつづけた。
「うん、質問を変えよう。男はどうやって襲ってくるのだ。それを教えてくれ」
「え? 何て?」
「どうやって襲うのか、と聞いている」
「ええと……」
「答えよ。それがわからねば、対策が立てられぬ」
「いっ、いや、その……」
「貴様も男だ、襲ったことくらいはあるのではないのか」
「ないです、一度も、ないです」
「本当か」
「本当です」
「知っている限りで答えよ」
「……あくまで聞いた話ですが、ええと、女性を、その、着ている服を脱がせて」
「脱がせる? なぜぞんなことをする」
「それは、まあ、その」
「身ぐるみをはいで、それを売り飛ばそうとてか」
「いっ、いや……」
「女とて大人しくはしていないだろう。私であれば、そんな無礼者は、斬る」
「……でしょうね」
「そうであれば、襲えぬではないか」
「いや、あの……何言ってんの?」
思わずそんな言葉が口を突いて出た。王女は不思議そうな表情を浮かべた……。




