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寝た子は起こすな

食事を終え、皿を片付ける。そしてそれを水瓶のあるところに持って行って洗う。そうしたイリノの行動が珍しいらしく、王女はずっと後ろについて彼の一挙手一投足を見守った。


「その、手に持っているものは何じゃ」


「ワウという木の実です。これでこすると汚れが落ちるのです」


「ほう……」


いわゆる石鹸のようなもので、村の人々はこれを用いて食器を洗うだけでなく、洗濯をしたり、体を洗ったりするにも用いていた。


皿を洗い終わり、水気を拭きとるとゆっくりと立ち上がる。


「もう夜も遅いですので、寝ましょうか。王女様は、そちらのベッドでお休みください」


「う……うむ。そなたはどこで寝るのじゃ」


「俺は奥にベッドがありますので、そこで寝ます」


「ここで、寝よ」


「は?」


「いっ……いや。もし、敵に襲われたときには、そなたを守ってやることが、できぬ」


「……」


確かにそれは一理あるが、正直に言うとできれば自分のベッドで寝たかった。久しぶりに慣れ親しんだベッドで寝てみたかったが、王女の眼がどんどん険しくなってくるので、諦めて承知しましたと小さな声で答える。


「どこに行くのじゃ」


「えっ、も……毛布を取りに」


「さっ、左様か」


ランプを手に持って、自分の部屋の扉を開ける。すぐに、何とも埃っぽい臭いが鼻を突いた。懐かしいという感情よりも、親父は俺が出ていってから一切この部屋を開けていないのではないかという驚きの方が先に立つ。そうだ、起きて着替えて、親父と喧嘩をして、そのまま出ていったのだ。その起き抜けのままの状態で毛布がめくれていた。二枚の毛布を引きずり出すようにして部屋から持って出る。そのまま外に出て、パタパタと毛布をはためかせて埃を落とす。


「何をしておるのじゃ」


王女が不思議そうな表情でこちらを眺めている。寒いですから、中に入っていてくださいと言って、さらにはためかせる。


「うう……寒い」


そんなこと言いながら中に入る。そして、王女のベッドの傍に毛布を敷く。


「さ、これで大丈夫でしょう。何かあれば呼んでください。ああ、起きなかったらゆすって起こしてください。くれぐれも、殴ったりしないで下さい」


そう言って靴を脱いで毛布の上に座る。王女は何とも言えぬ表情を浮かべながらベッドに座った。


「そなたが、気が狂れたのかと思った」


「ははは。御冗談を」


「そなたは私の唯一の兵士だ。私が命令するまで、死ぬことは許さんからな」


……死ねと命令されたら死ななきゃいけないのか。そう心の中で呟いてみるが、そんなことは言えない。取り敢えず休みましょうと言って彼女を寝かそうとするが、顔を左右に振りながら、何かを警戒している。


「あの……どうか、されましたか」


「きっと、眠ることなど、できぬ」


「……大丈夫です。暖炉の火はこのままにしておきますし、ランプの灯も消します」


「それはならん。灯りは、消すでない」


「は……」


「敵が襲ってきたら、そなたは位置がわからぬであろう」


「ま……まあ、そうです、ね」


俺のためか? と思ったが、よくよく考えてみれば、王女は暗闇の中でも敵の位置を認識できる。この家が暗闇でも、正確に敵の位置を掴み、攻撃するだろう。そう考えれば、王女は本当に俺に気を使ってくれていることになる。確かに俺は暗闇の中では敵を認識できない。そんな腕はない。


もしかして、優しい人なのかもしれないな。


そう思ったのもつかの間、王女は再び恐ろしく厳しい表情を浮かべた。


「灯りを消すことは、許さぬ」


「わ……わかりました。わかりましたから、取り敢えず、横になられてはいかがでしょうか。眠れなくとも、体を横たえるだけで疲れは軽減されるものだと、軍曹殿が言っておいででした」


王女はキッとした表情を向けてきたが、やがて、ゆっくりと体を横たえた。オヤジのベッドだから、何か不快な臭いがするかもしれない。寝心地は悪いだろう。そんなことを思っていたが、王女からは何の言葉もなかった。


目を閉じたり開いたりしている。やはり眠れないのだなと思う。そう言えば、この家に来る前にこの王女様は俺の背中で眠っていたことを思い出した。かなりぐっすりと眠っていたので、そう考えると、なかなか寝付くことはできないだろうし、俺も、この王女に付き合って、眠れないのだなと覚悟を決めたそのとき、王女が静かに寝息を立て始めた。


「眠ってるじゃん」


思わず言葉が口をついて出てきて、両手で口をふさぐ。起きられでもして殴られたのでは割に合わない。彼は音を出さないように注意深くその場を離れる。ふと見ると、彼女の寝顔はとてもあどけなく、少女のような顔をしていた。やはり、美しい顔立ちだ。


ふと、今なら襲えるな、などと下らぬことを考える。すぐにその考えを打ち消した。たとえ馬乗りになってあの服を脱がせて裸にしても、おそらく自分の逸物が反応しないだろう。それだけならまだしも、確実に彼女は抵抗するし、力づくでは勝てないことは十分にわかっている。襲ったところで返り討ちにあうのは目に見えていた。


「寝た子は起こすな、か」


そう呟いてイリノは毛布の上で横になった。

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