気になる女性を目で追いかける
それからというもの、彼は毎日ギルドに顔を出した。目的はもちろん、あの受付にいるお姉さんだ。とはいえ彼には、その女性に面と向かって口説いていくような度胸はなく、ただぼんやりと彼女の動きを目で追うことが精いっぱいであった。
ギルドには食堂が併設されている。そこでは街中の店よりも安く、ボリュームもある食事が提供されていた。それだけでなく、バーカウンターのようなものも設置されていて、そこでは酒も提供されていた。
イリノはギルドのカウンターがよく見える席に座り、食事を摂りながら彼女の動きを目で追った。ギルドの職員とはほとんど会話を交わさず、黙々と仕事をしている姿は美しくさえあった。
何より彼の心を射止めたのは、彼女の体から発せられる凛とした知性だった。見るからに賢そうな外見を持つ彼女は、イリノが住んでいた村にはいない女性だった。
とはいえ、ずっと食堂にいるわけにもいかず、彼は食事を終えるとぶらぶらと町に出た。そして腹が減るとまた、あの食堂に戻ってきて食事を摂った。
不思議なのは、あの女性はイリノが行くといつもカウンターにいた。夜も更けてきているのに相変わらずカウンターに座っているし、朝方、ギルドの食堂が開く時間に行っても彼女はそこにいた。このギルドに住んでいるのだろうかと思ったが、そこは人が住むような場所はない――そう人が言っているのを聞いた――ために、彼女が一体いつ家に帰っているのかと、疑問を持った。
そんなことをしていると、あっという間に十日が経った。さすがに町も歩きつくした彼は、そろそろ温めていた商売を始めることにした。
すでに、筵や看板に使う木は揃えてあった。それらを持って露店が並ぶ地域に向かう。
初日に、彼にギルドへの登録を勧めてくれたおじさんにはあれ以来出会わなかったが、毎日のように顔を出していると、自然に顔見知りができていた。彼は挨拶もそこそこに、空いている場所に筵を引き、看板を立て、リュックからあの白い石を取り出して、その前に座った。
「刃物研ぎます」
看板には大きくそう書かれていた。根拠はないが、自信はあった。試しに自分の持つナイフをあの石で研いでみたら、かなり切れ味の良いものに仕上がった。ここは人が多い、刃物の切れ味が悪くなって困っている人はきっといるはずだ……。
だが、待てど暮らせど客は一人も来なかった。ちらりを看板を見るだけで、イリノの許にやって来る者は皆無だった。
「ま、初日はこんなもんよ。ケッケッケ」
隣の男が店じまいをしながらそんなことを言った。イリノは大きなため息をつくとゆっくりと立ち上がり、店じまいを始めた……。