悪魔のささやき
まさか、二人がここで抜けるなどというのは、全く予想すらしていなかった。むしろ、この二人がいたからこそ、自分よりも腕のいい二人がいたからこそ、王女様を連れて行けると判断したのだ。今のこの状況を、イリノはなかなか理解ができなかった。カーサとスウゴは相変わらず淡々とした表情を浮かべている。
「俺たちは緊急徴兵された兵士だ。別にあのお姫様に義理はねぇからな」
カーサが口を開く。
「それに、これ以上あの王女と行動を共にしても、命の危険があるだけで、俺たちに旨味は全くないからなぁ」
スウゴも両手を挙げながら首を左右に振っている。
「イリノ」
カーサが真剣な表情を浮かべている。気配が一変している。イリノは思わずゴクリと唾を飲んだ。
「これは俺の正直な気持ちだ。俺は、お前は見込みのあるやつだと思っている。評価している。どうだろうな。お前も俺たちと一緒に来ないか?」
「来ないかって、どこにだよ……」
「なぁに。何にも心配することはない。別に売り飛ばそうってわけじゃない。もっとも、男なんざ売り飛ばすところなんてそうないけれどな。別に盗賊をやろうというわけではない。世界中を旅するのだ」
カーサの言葉に、スウゴがクスクスと笑っている。一体二人は何を目的としているのかがわからず。何とも不気味だ。
「いや、俺は本気で言っているのだ。お前はスジがいい。体も強い。剣の才能もある。頭もそれなりにいい。実戦で鍛えていけば、相当な男になるだろう。俺たちと一緒に来い。俺はお前に、俺の持っているもの全てを教えてもいいと思っているのだ。それは、スウゴも同じだ」
「お……王女様は、どうするんだよ」
「そのことだ」
カーサとスウゴは互いに顔を見合わせると、再びイリノに視線を戻した。
「王女の命を奪って、その首をカイルラルに持っていけば、それなりの金が貰えるが……」
「ちょっとアンタ、何言ってんだ」
「俺たち三人で腹ぁ散々好き放題して、飽きたら娼館に売り飛ばすというのが、一番儲かる方法だぁ。ま、この山ン中じゃ娼館に売り飛ばすことはできねぇがな」
スウゴがニヤニヤと笑いながら口を開く。
「おっ、俺はいいよ……」
「なんだ、まだあのウサギ獣人の女を思っているのか? しょうがない奴だな。ウワッハッハッハッハ!」
カーサは仰け反るようにして豪快に笑った。そう言われてみて初めて彼は、サーヤさんのことを思い出した。王都を出てからというもの、目まぐるしく状況が変わり、必死で対応していたために、彼女のことを考える余裕がなかった。あれほど心を占めていた彼女のことを忘れていたことに、イリノ自身も少し驚いていた。
カーサは笑いながらイリノの肩を抱いてきた。
「そんな女のことは忘れてしまえ。そういうことは、女を抱けば忘れてしまうものだ。ちょうどいい。先ほど、スウゴとも話をしたのだが、あの王女様をお前にやろう。好きにしたらいい」
「ど……どういうことだよ」
「そういうことだ。見たところ、あまり目がよくないらしいな。だったら簡単だ。砂でも投げて見えなくしておいて、あとは力づくでモノにすればいい。ちょっと鎧が面倒くさそうだが、お前の力なら十分に組み敷けるだろう。王女というからには、まだ生娘だろう。男になるにはこれ以上のものはない」
「おっ、俺は、別に……」
「まさか、やり方がわからないなんて言うんじゃないだろうな。お前は見ていただろう。いや、むしろ、お前に見せつけていたというのが正しいのかもしれんがな」
「……」
「無理するな。己の欲望の通りに生きるのだ。俺たちはそれができるし、それが許されているのだ」
「ちょうどお姫様はいま、お休みのようだ。おあつらえ向きじゃねぇか。今の間に、鎧と服を脱がしちまって、裸にひん剥いちまえばいい。何なら手伝ってやろうか?」
スウゴが下卑た笑みを浮かべている。
「本来ならば、あのお姫様は俺たちがいただいてもよかったんだ。でもなイリノ。先ほども言ったように、俺はお前のことを見込んでいる。お前を仕込んでみたいと思っている。だから、あの女をお前にやろうと言っているんだ。俺の言っている意味が、男のお前ならば、わかるはずだ」
カーサが相変わらず肩を抱きながら、まるで諭すように言い立てる。イリノはその言葉に対して、何も言葉が出てこなかった。
「そうとわかったら、さっさとあのお姫様のところに行って来い。俺たちは食料を探してくる。帰って来るまでに済ませておけ。後でお前が男になった祝いをしようではないか」
「その後は俺が賞味するから、殺すんじゃないぞ」
「何でお前なんだ」
「いいじゃねぇか。たまにはこのスウゴ様にもいい思いをさせろよ。こっちはお前たちが出かけた後、あの大佐に散々こき使われてえらい目にあったんだ。その借りは返してもらうぜ」
「フッ、仕方がねぇな。ではイリノ、行ってくる」
カーサはそう言うと、スウゴを伴って山を降りていった。
二人の姿が見えなくなると、イリノは呆然としたまま王女様の許に戻った。彼女は大岩にもたれかかるようにして眠っていた。その表情は、まるで少女のように穏やかなものだった……。




