再会
二人は驚いた様子もなく、淡々とこちらに向かって歩いてきた。
「やはり、生きていたか」
カーサが呆れたような口調で話しかけてきた。その隣でスウゴが苦笑いを浮かべている。
「お前はそう簡単には死なないだろうと二人で話していたんだ。やっぱり、だな」
「アンタたちもな」
イリノもそう言って苦笑いを浮かべる。カーサが後ろにいる王女に視線を向けた。
「……これは?」
「王女様だ。たまたまお出会いしたんだ」
カーサとスウゴは顔を見合わせていたが、やがてゆっくりと片膝をついた。
「気づかぬこととはいえ、失礼をいたしました。私は、カーサと申す者です。先日、大佐殿の前で姫様にこちらのイリノ小隊長のことを説明申し上げた者でございます」
「初めて御意を得ます。私はスウゴと申すものでございます。こちらのカーサ殿同様、緊急徴兵にて軍籍を頂戴している者でございます。以後、お見知りおきを」
そう言って二人は頭を下げた。イリノも畏まった方がよいのではと思ったが、王女は再び袖を掴んできたために、それを振り払うことは憚られた。
「両名とも大儀である」
「ははっ」
「して、この先に控えている王国軍の兵士は、どれほどいるのだ」
二人は顔を見合わせたが、やがて、カーサが申し訳なさそうに口を開く。
「誠に恐れ入りますが、王国軍の皆様は……全滅してございます」
「ぜ……全滅!?」
「はっ。昨夜の襲撃で、私を含め数名の者が脱出に成功し、本隊に合流しました。しかしながら、その直後、再び我々は襲われました。皆様、勇敢に戦いましたが……」
「全員、討たれたと申すのか」
「左様でございます」
「そなたたちは何をしていたのだ!」
突然王女の声が響き渡ったために、思わず体が震える。彼女の言わんとしていることはわかる。二人が逃げてきたと思ったのだ。敵前逃亡は死罪にあたる重罪であることはイリノも承知している。このままでは二人が斬られかねない。どうしようかと思いつつゆっくりと後ろを振り返ると、王女はまさに憤怒の表情を浮かべていて、思わず顔をそらせた。
「我々は、サリノ大尉殿の命令によって、後方の部隊に急を知らせるために戦場を離脱しました」
カーサがまっすぐな視線を向けながら口を開く。
「すぐにでもその場を離脱したかったのですが、敵の攻撃が激しく、それを掻い潜りながら移動しておりました。敵に見つからないようにしていたため、この時間となりました」
スウゴが続く。そのとき、王女がイリノの袖から手を放した。カーサらを斬る気かと振り返り、彼女を止めようとしたが、王女は傍を通り抜けてスタスタと歩き始めた。
「ご覧にならぬ方が、よろしいかと存じます」
カーサが淡々と口を開く。王女の足が止まる。
「この先は、王国軍の兵士の死体が犇めいております。とても、正視に耐える光景ではございません。ご覧にならぬ方が、よろしいかと」
王女は大きく深呼吸をすると、スッと天を仰いだ。
「……北に向かう。手立てを考えよ」
王女は背中を向けたまま、呟くように言った。カーサはイリノに視線を向けると、小首を傾げた。どうするのだと言っているようだ。
「……少し、道は険しいですが、北に抜ける道は、あります」
イリノが口を開く。王女が振り返る。相変わらず鋭い視線を向けてくる。
「案内せよ」
そう言って彼女は再びイリノの袖をつかんだ。カーサとスウゴは目を丸くして驚いている。イリノは、仕方がないだろうという表情を浮かべると、元来た道を歩き出した。
そこはまさしく、地元のものでしか知らない道だった。いわゆる獣道だ。だが、村人たちが利用している道であるために、細いながらも道ができていた。しかし、目の悪い王女はこうした道に差し掛かると、途端に歩く速度が落ちた。ややあってイリノは、大きな石の前で小休止を提案した。目の前には、小さいながらも滝が見えている。
「少し水を汲んできます。こちらで少し、休みましょう」
「この山はいつ抜けられるのだ」
「半日もあれば。日が落ちるまでには抜けられると思います」
その言葉に安心したのか、王女は石を背にしてゆっくりと座り込んだ。それはあくまでイリノの足であればの話で、今の歩く速度では森を抜けるのは深夜になる可能性すらあったが、敢えてそれは言わないでおいた。イリノは王女の護衛を二人に頼み、沢に水を汲みに出た。
しばらくして戻ると、カーサとスウゴが王女の傍を離れていた。一体どうしたのかと二人を見ると、カーサがスッと目配せをした。見ると、王女はうたたねをしているようで、首ががっくりと下がっている。
無理もない、と心の中で呟く。おそらく昨日からほとんど眠らずに動き続けているのだ。心労も想像を絶するものがあったのかもしれない。
「イリノ、ちょっと」
カーサが顎をしゃくる。付いて行くと、彼は少し歩いたところで止まった。後ろにはスウゴも付いてきている。彼は振り返ると、大きなため息をついた。
「お前には悪いが、俺たちはここで抜けさせてもらう」
「えっ!?」
頭が真っ白になった……。




