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暗闇の中の王女

鎧を装備して剣を振るう女性というのは、一人しかいない。九分九厘の確率で敵ではない。ただ、自分が王国軍の兵士であるとは言いたくなかった。もう一度、兵士として仕えるというのは性に合わないし、何より、好き勝手に小間使いのように働かされ、挙句の果てに殴られるというのは、何としてもイヤだった。


「もう一度聞く。そなたは、王国軍の者か」


威厳のある声がした。ゆっくりと金属が触れ合う音がする。つまりは、剣を抜いたままいつでも斬れる態勢をとりつつ、距離を詰めてきていることになる。このままでは確実に斬られる。


意を決して逃げようとした。追いかけてきたところで、追いつけるわけはない。このまま森の中に逃げて、そのまま逃げ切るのだ。そんなことを考えていたそのとき、至近距離に人の気配を感じた。その瞬間、ガチャリと不気味な音がした。


「お、王女様?」


思わず声が出た。鉄の、何とも言えぬ臭いが漂ってきていた。特に何の衝撃なども感じなかったところを見ると、相手はそのまま止まってくれたらしい。


イリノにはわかっていた。すでに王女に間合いに入られていたことを。声を出すのがあと一瞬遅れていたら、彼の首と銅はつながっていなかった。


……なんという腕だ。


イリノは腹の中で悲鳴にも似た声を上げていた。王女はおそらく、自分が鎧の触れる音を頼りに距離を測っていることをちゃんと把握していたのだ。それがわかっていて、敢えて鎧の音が鳴るように歩いていたのだ。そして、動きを変えて一瞬のうちに距離を詰めてきたのだ。こんなことは軍曹にも、あのカーサらにもできない芸当だった。


パチリとも、キンともつかぬ、金属音が聞こえた。どうやら王女は剣を鞘に戻したらしい。だが、油断はならなかった。そう思わせておいて、まだ抜き身の剣を持っている可能性はある。


「王国軍の兵士で、間違いはないな」


「はっ、はい」


「所属と階級、名前を申告せよ」


「ル……ルエネス大尉配下のイリノ、です。小隊長……伍長を拝命しております。緊急徴兵された部隊になります」


「イリノ……」


王女はそう呟くとしばらく沈黙した。名前に聞き覚えがあるのだろう。何やら思い出そうとしているようだった。


「貴様、私と会ったことがあるか」


「はっ、一応は……」


「一応? どういう意味だ」


「その……直接話をしたことはないので……」


「意味がわからぬ。わかるように話せ」


「ええと……。森の中で大佐殿と一緒においでのときに声を掛けられました。私は大佐殿に髪の毛を掴まれていたので……替わって、カーサという者が応対したのです」


「ああ。思い出したぞ。あのときの、か」


「はい……」


「貴様のほかに、何人の兵がおるのだ」


「俺一人です」


「一人か!」


「一人です」


「我が軍の兵士は、どこへ行ったのだ」


呆れたような絶望したような声だった。イリノは逃げる機会を伺っていたが、どうしてもそこから動くことができなかった。何となく、だが、リュックの中が重たくなっているように感じる。この調子では、逃げたところで追いつかれて、最悪の場合は首を刎ねられる気がしていたのだった。


「……その場にて休め」


ややあって王女の声が聞こえた。イリノは無言のままその場に腰を下ろす。王女も腰を下ろしたのだろう、ガシャリという音が聞こえた。


空は白み始めていた。もう少しすると、周囲の様子が見えてきそうだ。そんなことを考えながら目を閉じて天を仰ぐ。


「……おい。おい貴様!」


王女の声で目を開ける。周囲は明るくなり始めていた。目の前に王女の姿が見えた。もしかして、目を閉じている間に眠ってしまったのか。まさかそんなことはあるまいと自問自答していたそのとき、目の前の王女の姿を見て、イリノは思わず息をのんだ。王女の剣が抜き払われていたからだ。


「け……剣」


思わず声が出た。王女は自分の剣に視線を向けると、ゆっくりとそれを鞘にしまった。


「相手がわからぬ以上、警戒するのは当然のことだ」


そう言って彼女は鋭い視線を投げかけてきた。相変わらず、怖い。


王女は何を思ったのか、そのままイリノの許に近づいてきた。ゆっくりと顔が近づいてくる。一体何をする気だ。まさか、俺を殺すのかと慄いていると、彼女の動きが止まった。


メチャクチャ怖い表情のまま、イリノの顔のすぐ前で、まるで舐め回すかのように顔を上下させている。あまりの光景に、彼は動くこともできず、呼吸をすることすらできなかった。


「まだ、若いのじゃな。伍長と聞いたからには、もう少し年寄りかと思ったが……」


そう言うと彼女はイリノの傍から離れ。近くに腰を下ろした。


……もしかして、王女様は、目が悪いのか?


そう思った瞬間、イリノは戦慄した。目が悪いにもかかわらず、あの暗闇の中で自分を捕らえようと追い詰めてきたのは、想像を絶する腕前であると言えた。ヘタに逃げなくてよかった。逃げていれば、間違いなく首を刎ねられていた。


そんな彼の心情を知ってか知らずか、王女は優しい口調で話しかけてきた。


「夜が明ければ、我が軍の兵士を探しに出かける。それまで、休息せよ」


イリノは思わず居住まいを正して、片膝をついて控えていた……。

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