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夜間行軍ふたたび

夕暮れ近くになって、再びイリノらに招集がかかった。村の広場に出ていくと、これから一時間後に出発するので、準備をしろという命令が下された。夜の闇に紛れて行軍するのは明らかった。


「お前たちが獲ってきた果実だが、王女様が大変にお気に召されていた。行軍中に見つけたら、獲っておいてくれないか」


部屋に戻ろうとしたときに、ルエネス大尉がそんなことを言ってきた。


「夜間の行軍中にそんなことは無理かもしれないが、その代わりと言っては何だが、先頭には王国軍の兵士たちを充てる。そのため、彼らには準備の時間は三十分しか与えられていない。お前たちは後ろから悠々と付いて来るといい。あ、くれぐれも、王女様に失礼のないようにな」


そう言って彼はその場を去っていった。


「何を言いやがる。人の気も知らねぇで。夜中の行軍がどれだけ疲れるのかを知らねぇわけはねぇだろうに。そこにきて、果実を獲れだぁ? バカも休み休み言いやがれ」


スウゴが怒りを露わにしながら歩く。その彼に、果実を獲るのはお前じゃないだろうとカーサが突っ込みを入れている。


「違ぇねぇ」


そう言って三人は笑いあった。


一時間という準備時間は、彼らに取って十分すぎる時間だった。家に戻り、ゆっくりと暖を取り、さらには、家を去るときに掃除までする余裕があったのだ。


「夜間行軍とは思えないほどの悠長さだな」


カーサが呆れたように口を開く。


再び集合したときには、あの忌々しい王国軍の兵士たちは残っていなかった。そこにいたのは、大尉のほか五人の指揮官と、王女だけだった。彼女は馬に乗ったまま兵士たちを引見したが、相変わらず鋭い視線で皆を睨みつけていた。一体何に対して怒っているのか、俺たち兵士に何の恨みがあるのかと不思議にすら思う程の張り詰めた雰囲気を醸し出していた。


「それでは出発する。続け!」


イリノらを引率するのはルエネス大尉だった。彼はゆっくりと馬を進める。イリノたち兵士もその後ろについて歩く。王女と残った騎兵はさらにその後ろから付いてきた。


イリノたち兵士が後ろを振り返ることは禁止されていた。つまり、王女を凝視するのは不敬であるとされたのだ。バカバカしいと思いつつも、周囲にいた兵士たちに、何か美味しそうな果実があればとってきて構わないと命じた。


「人がいいな、お前は」


少し怒っているようにも、呆れているようにも思えるような口調でカーサが呟く。そんな彼にイリノは苦笑いを浮かべた。


どのくらい進んだだろうか。大尉は森を抜け、草原を進みだした。


「大尉殿、少し休みませんか」


スウゴが声をかけると、大尉は前を向いたまま、ルエベネラの森に入ったら休憩すると言った。


「はあっ?」


思わず頓狂な声が出てしまった。その、ルエベネラの森は、イリノが飛び出したあの村があるところだったからだ。もしかして大尉は、俺の育った村で休息を取るつもりではないか。思わず体が震えた。


「どうしたんだ、ビックリするじゃねぇか。大きな声を出すんじゃねぇよ」


「う……ゴメン」


驚くカーサに思わず頭を下げる。イリノの背中に、何か冷たいものが流れた気がした。あのオヤジが今の自分を見たら何と思うだろうか。いや、間違いなくブン殴られることだろう。イリノが家を出てから恐らくオヤジは仕事ができなくなっているはずだ。それでなくとも、村の中では気分屋、気難し屋で通っているオヤジだ。生活自体もままならないのではないか。上手く死んでいれば結構な話だが、そう簡単に死ぬような男ではない。きっと、村中の人々に無心をして命を繋いでいるに違いない。そんな中、村に帰るのだ。オヤジはきっと自分のことを詰るだろうし、村人も大いに迷惑していると言って苦情を言ってくるに違いない。何としても帰りたくはなかった。


これは、森に近づいたときに大尉に別の道を行くように進言せねばならない。ルエベネラの森は子供の頃から馴染んだ場所だ。近道なども知っている。少し道は狭く、進めば急峻な場所もいくつかはあるが、それでも、この程度の人数が一夜を過ごす場所もあるにはあるし、一晩あれば十分に山を越えていける。俺が道案内をしようと心に決めたとき、背後から兵士の声が聞こえた。


「うわっ!」


「どうした」


大尉が行軍を止めて後ろを振り返る。彼に釣られてイリノらも振り返った。やがて、闇の中から声が聞こえた。


「なっ、何かに、けつまずきました!」


「大丈夫か」


「はい大丈夫ですが……」


「どうした?」


大尉が声のする場所に向かうために馬の方向を変えたそのとき、再び闇の中から声が聞こえた。


「こっ、こりゃ、ひっ、ひとぉ!」


「人だと?」


大尉はこちらに馬首を向けた。イリノはカーサと顔を見合わせたが、やがて、大尉の姿を追っていったのだった……。

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