小競り合い
よく寝たという感覚と共に目を覚ます。ベッドの上で背伸びをすると、隣ではスウゴがイビキをかいていた。起こしては悪いと思いつつ、枕にしていた白い石を手に取ってリュックに入れる。本当に不思議な石だ。昨日までの疲れ、とりわけ、足の疲れが取れている。顔に手を触れてみると、大佐に殴られた箇所の腫れがかなり引いているのがわかる。おそらくもう一度寝れば、この腫れも完全にひくことだろう。
靴を履くと、暖炉の火が消えかかっていた。残り少なくなっている薪をすべてその中に放り込むと、中の火が燃えあがってきた。ただ、このままでは朝まで持たない。イリノの実家もそうだったが、大体の家は裏庭に薪を備蓄しているものだ。それを取りに行くかと外に出る。すると、まるでまとわりつくような寒さが彼を包んだ。
「さぶっ」
思わず声が漏れる。早く薪を採ってきて家に戻らなければ。空を見ると、東の方角が白み始めている。
裏側に廻ると、そこにはカーサがいた。左手を腰に当て、右腕に鳥を乗せて、それをじっと眺めている。
イリノの存在に気がついたのか、鳥が翼をはためかして空に舞い上がる。カーサは少し驚いた表情を浮かべ、少し大仰に驚いた。
「目が覚めたか」
「ああ。よく寝た。ありがとう」
「フッ、礼ならスウゴに言うといい。お前を叩き起こしたそうだが、起きなかった」
「えっ? じゃあ、アンタ、寝てないんじゃないのか?」
「お前を起こしたとき、俺も起こしたそうだが、俺も目覚めなかったのだ」
「なんだ」
「まあ、それから一時間後には俺は目覚めたので、スウゴと替わったのだがな」
「そうだったのか……何か、お礼をしなきゃね」
「そんなものはいい。それよりも、俺は早く自由になりてぇ」
「……そうだな」
「まあ、お前にそんなことを言っても仕方がないがな」
「……そういえば、鳥を扱えるんだな。見かけによらないな」
「……やはり、見ていたのか」
「鳥というのは、なかなか人に懐かない生き物だ。そんな鳥が懐く人間に、悪い奴はいねぇ。よく親父が言っていた」
「フッ、何だ、それは」
「いや、何となく、思い出したんだ」
「やっぱりお前は、面白いヤツだ」
カーサは不敵な笑みを浮かべると、うーんと背伸びをした。
「あーあ。早く自由になって、娼館に行きたいものだ」
その言葉にイリノは苦笑いを浮かべた。
◆ ◆ ◆
日が昇ると、イリノたち兵士は村の広場に集められた。明るくなってわかったことだが、兵士たちはイリノら緊急徴兵された者たちと、王国軍の兵士たちを合わせても百人程度の規模だった。王国軍のそれとイリノらは身に着けている服が違うので一目でそれとわかる様子だった。
そのまま出発するのかと思いきや、彼らに命じられたのは、森の中で食料を調達してくることだった。
「何でもいい。木の実でも果実でも獣でも……。我々には食料がない。とにかくここで腹を満たして、一気にカケガジスに向かうのだ」
ルエネス大尉とは違う男が命令を下す。その奥には王女が控えていて、相変わらず鋭い視線をイリノたちに向けている。そのルエネス大尉は、王女のすぐ傍で控えていて、じっとその顔色を窺っていた。
さて、どうするか。森を眺めていたそのとき、王国軍の兵士がイリノたちに向かって、
「お前たちに食料調達を任せたから、しっかりやれ」
などと言ってきた。兵士たちはざわつき、カーサは兵士の胸倉を掴みに行く。
「な……何だ。喧嘩はご法度だぞ!」
「やまかしい。なんで俺たちだけがそんなことをしなきゃならねぇんだ! ふざけるな!」
「戦いになったら、戦うのは俺たちだ! 戦いになればお前たちを守ってやるのだ! そんな我々に代わって食料調達をするのは当然のことだ!」
「そんなことは俺たちを守ってから言え! 何にもできずにカイルラルに王都を取られたお前たちが、俺たちを守れるとは到底思えんがな」
「何だと貴様、もう一度言ってみろ!」
「黙れぇ!」
イリノが一括する。思った以上に大きい声が出た。皆が驚いた表情を浮かべている。少し気恥ずかしかったが、そそくさとカーサの許に向かう。
「今ここでモメてもしょうがないじゃないか」
「このバカがつまらねぇことを言うからだ」
「ちょっと……」
カーサを連れ出して、耳打ちする。
「……俺にいい考えがある。まずは俺たちだけで森の中で食えるものを食べてしまおうよ。アイツらには、その余りをくれてやればいい」
「……なるほど。それはいい考えだ」
カーサは大きく頷くと、大股で兵士たちの許に歩き出した。
「オイ、みんな集まれ」
彼は何やらごにょごにょと話をしていたが、やがて大きく頷いた。
「では、これから食料の調達に向かう。王国軍の兵士たちは来なくていい。なぁ~んにもできない奴らがいたところで、邪魔になるだけだからな!」
カーサが大声で煽る。王国軍の兵士たちの雰囲気が変わっている。
「よーし、行くぞ!」
そう言ってカーサはどんどんと森の奥に入っていく。兵士たちもぞろぞろと彼に続いた。
「……王国軍のヤツらに喧嘩を売るなよ。奴らが付いてきたらどうするんだよ」
「……イリノ、やっぱりお前は変な心配をする奴だ。奴らが来たところで、何にもできん。俺たちの仕事を邪魔するのなら、こうだ」
カーサはそう言って剣の柄を握った。その様子を見て、イリノは目を丸くして驚いた……。




