休息
一旦は眠りに落ちたイリノだったが、すぐにたたき起こされた。熟睡状態からいきなり目覚めた彼は思考が追い付かず、業を煮やしたスウゴに頭を張り飛ばされた。
「バカ野郎、しっかりしろ!」
それでようやく現実を認識することができた。
起こされたのはもっともなことで、この寒空の中で眠るのは自殺行為であると言えた。さらには、森の中には獣も多い。襲われでもしたら、ひとたまりもないのだ。
ルエネス大尉を先頭に部隊は森の中を進み始めた。また長時間の行軍をさせられるのかと気が滅入ったが、すぐに小さな村に入った。
村は人の気配が全くしなかった。ただ、つい最近まで生活を営んでいたのはその雰囲気でわかった。大尉は王女の許に行き、何やらぼそぼそと相談を始めた。ややあって王女が頷くと、
「本日はここで休息とする。各自、空いている家で休むように。村人のものを盗ることは厳禁とする。また、村人を見つけた場合は、必ず上官に報告せよ」
そう言って大尉は馬を降りて、村の奥に向かって行く。その彼に続いて騎兵たちも馬を降りて付いてく。ただ、王女だけは下馬しなかった。
「……ま、五人が限界というところか?」
目の前の家に入ったスウゴが誰に言うともなく呟く。暖炉と二つのベッドがあるが、床も含めると、あと三人くらいは寝られる余裕はある。カーサが後ろに控えている兵士たちに向かって
「この家は小隊長の詰め所とする。お前たちは適当な家を探して休むのだ。何かあれば、こちらに知らせに来るのだ。解散!」
兵士たちは互いに顔を見合わせているが、カーサはさっさと中に入っていく。その彼に続いてイリノも中に入る。
「ええ~い、面倒くせぇな」
スウゴがそんなことを言いながら、真ん中に設えられた暖炉に薪を入れている。火を起こすのだろうと思っていると、彼は人差し指を差し出して何かの呪文を唱えると、そこから小さな火玉が起こり、暖炉に入った。
「これは……魔法!?」
「ああ、コイツは簡単な魔法なら扱うことができる。器用なヤツだ。俺はどうやっても魔法は使えなかった。ただし、本職から見ればコイツの魔法は、邪道以外の何物でもないらしいがな」
「何を言ってんだ。使えりゃ、何でもいいのさぁ」
そんな会話を交わしている間に火が付き、家の中が少しずつ温もりに包まれていく。
「さあ、温まってきた。このまま寝ようぜ」
そう言ってカーサは靴を脱いで、ベッドの上にゴロンと寝そべった。
「二時間ごとの交代にしよう。まずはスウゴ、お前が火の番をやれ」
「俺がぁ?」
「まあ、いいじゃねぇか。二時間たったら、俺かイリノのどちらかを起こせ。あとは……わかるな。じゃあ、休ませてもらう」
「ケッ、飯も食わさねぇでよく眠れるな。まあいいや。この家に何か食いもんはねぇかな。お前らが寝ている間に全部食っちまうとするか」
そう言って彼は何やら家の中を物色し始めた。
「こういう晩こそ女が欲しいが……。仕方がないから、枕を抱いて寝るとするか。おい、イリノも早く休め。俺たちはあの大佐野郎と一緒になってから働きづめだった。今のうちに休んでおかないとな」
そう言ってカーサはベッドの中に潜り込んだ。イリノも彼の言葉に促されるように靴を脱ぎ、リュックからあの白い石を出して枕にして、体を横たえる。
……そういえば、あのサーヤさんは今頃どうしているんだろうか。この寒空の中、野宿をしているのだろうか。
イリノの脳裏に、サーヤさんとジークリフトが木の下で二人、肩を寄せ合いながら寒さを凌いでいる光景が映し出された。
……なんて羨ましい。
思わず彼は心の中でそう呟いた。外は寒いが、それでも、あのサーヤさんと二人で肩を寄せ合えるならば、ジークリフトと替わりたいと心からそう思った。カーサはすぐに忘れると言ったが、どうしてもイリノには彼女を忘れることはできなかった。それどころか、無性にサーヤさんに会いたかった。ただ、挨拶を交わすだけでもいい。そんなことを考えてみたが、今の彼にはどうしようもないことだった。
いつしか彼は、深い眠りに落ちていった……。




