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夜間行軍

声をかけてきたのはどうやら騎兵のようだった。しかもそれは一騎だけではない、蹄の音から少なくとも数騎がこちらに向かっているように思えた。カーサとスウゴが腰に差した剣の柄に手を添えている。イリノも彼らに倣うように、つい今しがた手に入れた大佐の剣の柄を握った。


「……何だ、お前たちか」


暗闇の中から現れたのは、ルエネス大尉だった。彼はイリノらを見ると、安心した表情を浮かべた。


「お前たち……生きていたのか。やはりさすがに選抜隊に選ばれただけのことはあるな」


そう言って彼は嬉しそうな表情を浮かべながら馬を降りた。そのとき、カーサが小さく舌打ちをしたのを、イリノは見逃さなかった。


「三名共に無事か、いやよかった。後ろの控えているのは……。緊急徴兵された兵たちか。もしかして、お前たちが彼らを率いていたのか?」


「その者たちは、アルフレッドに命じて先にカケガジスに向かわせたのだ」


そう言って現れたのは、何とライナル王女だった。相変わらず目つきが鋭い。馬上にいるからか、何となくイリノらを軽蔑しているような雰囲気すら感じる。彼女はどこをどうしたものか、金色の鎧を黒い何かで汚していた。察するにその鎧ではあまりにも目立つために、目立たぬように処置したものと思われた。


「アルフレッド大佐ですか……。それで、大佐殿は、どちらへ?」


「あの……」


「うん? イリノ、お前の持っている剣は何だ」


「それは……」


「大佐殿の剣です」


カーサが口を挟む。彼はずいっと一歩前に出た。


「大佐殿は、お亡くなりになられました」


「なっ、戦死した!? 詳しく話せ」


「我々が移動しておりました際、カイルラルの兵士に襲撃されました。規模は少数であり、おそらくは斥候部隊であると感がられます。その兵士たちが突然、我々に攻撃を加えてきました。大佐殿は迎撃するように命じられ、自らの剣を抜いて奮戦されました。その甲斐あって敵は撤退しましたが、大佐殿は深手を負われまして……。それで、この剣を、自らの形見としてこの、イリノ小隊長にお預けになりましたのです」


……よくもそんなにペラペラと嘘が言えるものだなと、イリノは心の中で感心していた。とはいえ、カイルラルの兵士に襲われたのは事実だし、その兵士を迎撃して追い返したのも事実と言えば事実だ。ただ、主語が大佐かカーサの違いがあるだけだ。


「で、アルフレッドの亡骸はどこにある」


ライナル王女が馬上から質問してきた。ルエネス大尉がカーサに向けて頷き、説明を続けるよう促す。


「ハッ。森の中で襲われましたので、その森奥深くに埋葬してございます」


「……」


王女はしばらくの間カーサを眺めていたが、やがてイリノに視線を向けた。


「……その剣は、アルフレッドが直接貴様に託したのか」


「は、は、ははっ……」


「では、その剣を貴様に預ける。大切に保管せよ」


「大佐殿の大事な形見である。奥方様やご家族のお方にお出会いする際は、大佐殿の勇ましく戦われた様子をお聞かせ申し上げて、その剣をお返し申し上げろ」


ルエネス大尉が神妙な面持ちで口を開く。それに対してイリノはただ、頷くだけしかできなかった。


「よし、それでは、この部隊も王女様の部隊として吸収する。これから夜陰に紛れて行軍する。一刻も早くカケガジスに向かうのだ!」


そう言って大尉は馬に跨った。


それからは一切休憩のない夜間行軍となった。松明などない闇の中の行軍ということもあって、兵士たちが落伍しないように騎兵の一人に結びつけられた長い縄を兵士たちが持っての行軍だった。中には夜陰に紛れて隊を脱走しようと試みる者もいたが、騎兵たちもそうした動きは予測していたと見えて、兵士たちの後ろにも二名の騎兵が配置され、簡単に脱走できないような措置が取られていた。動きの遅いものは後ろの騎兵が槍の尻で突いて歩かせるなど、かなりの強行軍となったのだった。


どれだけ歩き続けただろうか、東の空が白み始めた頃、ようやく彼らに休息の命令が下った。川もあり、森もあって体を休めるのには好都合な場所だった。兵士たちは我先に川の水を飲んで喉の渇きを潤した。中には顔ごと川の中に突っ込む者さえもいた。


「……チッ、自由の身になるつもりが、まさかここまで引っ張られるとは思いもしなかった」


他の兵士と共に川の水で渇きを潤しながら、カーサは不機嫌そうに呟いた。


「そうだな。でも、アンタほど弁が立つのなら、適当な理由をでっちあげて抜けることもできたんじゃないのか。あの大佐殿の件を説明したときみたいに。王女様も大尉も、見事に信じてくれたじゃないか」


「バカ野郎、それができたら今頃とっくにやっている。大佐殿の件は、お前の姿を見れば誰だって信じるだろうよ。そんなに顔を腫らしているんだ。かなりの戦闘があったのだと誰もが思う」


「顔ぉ?」


そう言えばあの大佐に殴られたなと、その部分に手を当てると、何とも言えぬ鈍痛を感じた。


「そうか……でも、またアンタに助けられたな。礼を言うぜ、ありがとう」


イリノの言葉に、カーサは無言のまま手をヒラヒラさせた。


「助けられたついでに、もう一つだけ助けてくれ。俺は少し寝るから、出発するときになったら、起こしてくれ」


そう言ってイリノは川から上がると、背負っていたリュックからあの白い石を取り出して、それを枕に体を横たえた。大佐に殴られた部分を石に当てると、最初は痛みを感じたが、徐々にそれはなくなり、石の持つ冷気が患部に当たって、心地よくなってきた。彼はそのまま、ゆっくりと、深い眠りに落ちていった……。

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