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殴られ賃

「な……なんだっ! 何だこの馬はっ! 静まれ、静まらんか!」


馬は嘶きながら首を左右に振って暴れている。それを落ち着かせようと大佐は手綱を忙しくさばいているが、馬は大人しくなるどころか、さらに暴れようとしている。


「なっ、おい、待て! 待て!」


大佐の命令を無視して、馬は森の方向に駆け出した。傍にいた兵士たちは一様に動揺している。カーサはその兵士たちに大丈夫だと声をかけながら馬を追いかけていく。その後ろをスウゴも追いかけていった。イリノも立ち上がると、二人の後ろをついていく。


……思いっきり殴りやがって。


イリノはチャンスがあればどさくさに紛れてあの大佐を張り倒してやろうと思っていた。色々と鬱憤が溜まっていた。顔にはまだ熱を帯びていて、それが怒りを増幅させているようにも感じる。その殴られた箇所はかなり腫れているのがわかる。ただ、これは自分にも軍曹が訓練中に口を酸っぱくして言っていた、油断するなという言葉が頭の中に響いていた。


馬は嘶きながら森の中に入っていく。その馬上で大佐が何やら喚いているが、正確な言葉までは聞き取れない。察するに、聞くも堪えない罵詈雑言を言っているのは容易に察しがついた。


それに続いてカーサの姿が森の中に消え、スウゴが後に続いた。


イリノが森の手前まで来たとき、突然先ほどの馬が森の中から飛び出してきた。慌ててそれを避ける。大佐は乗っていなかった。きっと、森の中で振り落とされたか、木にでもぶつかって落馬したのだろうか。


主人を失った馬は、そのままどこへともなく走っていった。


すでに陽が落ちようとしている。森の中は薄暗くなりつつあった。イリノは注意深く中を見ながら進んでいく。と、二人の男が並んで立っているのが見えた。体つきからカーサとスウゴであることがわかったが、二人とも背中を向けている。


「大丈夫か?」


声をかけると、二人が同時にゆっくりとこちらに振り返った。


「あの……大佐、殿、は?」


イリノの問いかけに、カーサは無言のまま顎をしゃくった。彼らの後ろには、大の字になって仰向けに寝そべる男の姿があった。


「大佐……殿? たい、さ……」


男は死んでいた。目をカッと見開きながら死んでいた。喉に短剣が深々と突き刺さっている。イリノは思わずその場にへたり込んだ。


「……死んで、る」


振り返ってカーサとスウゴに視線を向ける。二人は無表情でこちらを眺めていた。


「アンタが、やったのか?」


「だったらどうするのだ」


カーサが呟くように口を開く。相変わらず表情はそのままだ。


イリノは、カーサと大佐の交互に視線を向けていたが、やがて立ち上がると、カーサの傍まで近づく。


「……ありがとう」


彼の言葉が予想もしていなかったからか、カーサが首をかしげる。


「俺も、機会があれば張り倒してやろうと思っていたところだったんだ。この野郎は生かしておいてもロクなことはない。俺たちを奴隷のようにこき使い、気に入らなければ殺す。このまま生かしていては、何人死人が出るかわかったものじゃない。ここで、死んでくれて、よかった」


「ハーッハッハッハ!」


突然カーサが笑い出したので、驚きで体が震える。その隣でスウゴもニタリと白い歯を見せている。


「やっぱりお前は面白いやつだ! 気に入った! お前はいい! お前を連れていれば、何だか面白いことに出会えそうだ! いや、選抜隊に入ったのは、正解だったな!」


カーサは隣のスウゴと笑みを交わし合っている。その様子は少し不気味ですらあった。


「待っていろ」


カーサはそう言ってイリノの肩をポンと叩くと、再び大佐の遺体の許に向かう。そこでしゃがみ込んで何かをしていたが、やがて立ち上がり、こちらに戻ってきた。手には大佐の腰にあった剣が握られていた。


「お前にこれをやろう。売るなり自分のものにするなり、好きにすればいい。大佐野郎だけあって、なかなかいい剣を装備していやがる。ただ、アイツが持っていた目ぼしいものはそれだけだ。それで、納得しろ。殴られ賃だ」


そう言って彼はポンと剣をイリノに投げた。それを受け取りはしたが、本当にそんなことをしていいのかという疑問と、どうしたらよいのかがわからずにキョロキョロしていると、カーサがうーんと背伸びをして、


「さて、兵士たちの許に戻ろうぜ。あの大佐野郎がいなくなったんだ。これでようやく俺たちも自由になれるってもんだ。先にアイツらに好きにしろと命令してやらんとな。下手をすると、餓死するまであそこで控えていることにもなりかねん。そんなことをされた日には、夢見が悪くていけねぇ」


そう言って歩き出した。イリノも戸惑いながら後ろをついていく。辺りはすでに暗くなりつつあった。


「あの……大佐の死体、見つかるとヤバイんじゃ……」


「ああん? イリノ、お前はつまらぬ心配をするやつだな。そんなものは、森に住むオオカミや獣たちがきれいに食ってくれる。明日の朝には、骨も残っていないだろうから、安心するといい」


そう言ってカーサは歩きながら再び背伸びをした。


兵士たち許に戻ると、号令をかけてもいないのに、イリノたちの前に整列した。全員が不安そうな表情をしている。その彼らに向かってカーサが口を開く。


「大佐殿は森の中で落馬のため亡くなられた。これよりこの隊の指揮は私が執る。執ると言っても、何かをしようというわけではない。ただ今をもってこの隊を……」


「そこにいるのは誰だ!」


突然男の声が聞こえた。少し怒気を帯びた声だ。イリノらに緊張が走った……。

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