自由には、なれない……
金の鎧を装備した兵士は速足でこちらに向かってくる。その後ろには、髭を生やしたいかにも偉そうな男が付き従っている。
近づくにつれて、この兵士があの、ライナル王女であることがわかった。あの鋭い眼差しは忘れたくても忘れられない。その眼を見た瞬間に、イリノは小さなため息をついた。
「……貴様らは、王国軍の兵士たちだな?」
王女からの直接の質問に、全員に緊張が走る。そのとき、王女の傍に控えていた男が突然大声を張り上げた。
「ライナル・クエリ・フレファンド王女殿下の御前である! 控えろ!」
その声に圧せられるようにして、そこにいた兵士全員が片膝をついて頭を下げた。
「部隊名を報告せよ」
王女が続けて質問する。ここにいる兵士の中で、最も高い階級を持つ者が小隊長である。しかもそれは緊急徴兵された者たちであって、厳密に言うと、正規軍ではない。彼らは一様に、王女の質問に答えてよいものかを逡巡していた。
「この中で、司令官もしくは、それに準じる者は誰か」
いかにも苛立っていると言わんばかりの物言いだった。こんな女性とは関わりたくはないなと思っていたそのとき、ライナル王女がイリノの前に立った。
「貴様か。面を上げよ」
……これは、俺に言っている? 何で俺に。と心の中で呟いていると、王女はさらに言葉を続けた。
「苦しゅうない。面を上げよと申しておるに」
「ええい! 王女殿下のご下問である。直答を許すと申しておるのだ! 面を上げろ!」
そう言って傍に控えていた男が、イリノの髪の毛を掴んで無理やり顔を引き起こした。ふと見ると、隣に控えていたカーサがイリノを指さしている。コイツ、何をしやがるんだと思っていると、王女がスッとイリノに顔を近づけてきた。
「そなた、名は。部隊名と階級を報告せよ」
髪の毛を掴まれているので、痛みで答えるどころではなかった。そんな状況を見かねたのか、カーサが口を開く。
「替わって申告します。こちらのお方はイリノ殿と申しまして、第百五十四部隊、ルエネス大尉殿指揮下の者でございます。階級は伍長。小隊長を拝命しております」
「百五十四部隊?」
「……姫様、緊急徴兵された者たちの部隊であろうと存じます。それに、間違いないな」
「ううう……」
「はい。間違いございません」
痛みのためにまともに受け答えできないイリノに替わって、カーサが答える。髪の毛を掴んでいた男は、貴様はまともに喋れんのかと悪態をつきながら掴んでいた手を放した。
「緊急徴兵されたとはいっても、そなたたちはすでに国軍の兵士である。これよりは、私の旗下に入り、命令を遂行せよ」
……ええっ? という言葉をやっとのことで飲み込む。そんなことをしている場合ではない。サーヤさんの許に行かなくてはならない。
「あの……姫様、質問、よろしいでしょうか」
カーサが口を開く。そんなに喋りたいなら、自分が小隊長だと名乗り出ればよかったじゃないかよ、とイリノは心の中で呟く。
「……何だ」
「我が王国軍は、どうなったのでございますか」
「貴様ごときが知ることではない」
傍に控えていた男がにべもなく答える。だが、カーサは怯まなかった。
「恐れ入りますが、戦況を把握せねば、我々兵たちの士気にかかわります。もし、先の戦いで我らが勝利したのであれば我々は安心しますし、敗れた、というのであれば、この国のため、国王陛下のため、何としても敗北を雪ごうと士気は上がります。お話しになれないこともあるかとは存じますが、まずは戦況をお聞かせいただけますと、助かります」
カーサの言うことに間違いはなかった。王女は仕方がないという表情を浮かべた。
「王都は……王都内に潜伏していた裏切り者により、カイルラル軍に占領されている。国王陛下は……」
「姫様、それは」
止めようとする男に、王女は右手を上げて制した。
「遅かれ早かれわかることだ。国王陛下は……お隠れ遊ばした」
一瞬だけ、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。国王が死んだと聞いて、兵士たちの間に緊張が走った。
「私は……父上、いや、国王陛下の仇を討つつもりである」
「恐れ入りますが姫様、そのお気持ちはよくわかります。痛いほどよくわかります。しかし、我々は昨日の戦いで、大軍勢が王都に向かう様子を見ております。これだけの軍勢で、あの大軍勢に勝てますでしょうか」
カーサが口を開く。その言葉に、男が我が意を得たり、と言わんばかりに声を張り上げた。
「そのことである! 我々はこれより、散り散りとなった王国軍の兵士、指揮官たちを吸収しながら、カケガジズに向かう予定である」
「カケガジズ?」
「そうだ。そこは、姫様の兄君であらせられるヒナヤ殿下がおいでになる。我らはそこに参り、ヒナヤ殿下と共に、捲土重来を期すのである!」
その言葉を聞いたカーサは目をギュッと閉じて、首をひねった。このオッサン、何を言い出すんだと思っていることは、イリノにもわかった。
「ではイリノとやら、そなたはこのアルフレッドと共に兵士たちを連れて先にカケガジズに向かうのだ。後で私も追いかける」
「よぅし貴様ら! このアルフレッド大佐に付いて来るのだ!」
そう言って男は王女に一礼すると歩き出した。イリノは思わず、天を仰いだ。




