自由になった?
目が覚めると、朝だった。バタバタとした足音が聞こえる。熟睡感はまるでなかったが、ともあれ寝たのだなと思いながら体を起こす。外に出ると、カーサとスウゴが連れ立って小便をしていた。下着を膝まで降ろして、尻を丸出しにしての行為だった。あまりの様子にイリノは思わず絶句する。
「おお、起きたか。おはようさん」
顔だけをこちらに向けて二人は笑みを見せた。どちらも満足そうな顔をしている。
「緊急徴兵というから、二週間ぐらいで帰れると思っていたが、まさか四か月も引っ張られるとは思わなかった。まあ、王国軍がきれいに負けてくれたのでここに来られた。感謝しなくてはな」
カーサはそう言いながら体を震わせた。
衣服を整えてうーんと背伸びをすると、
「さあ、そろそろ行くか。王都の様子を見に行かないとな」
「……俺は王都じゃなくて」
「いや、王都が先だ」
真剣な表情を浮かべたカーサの言葉には盤石の重みがあった。イリノはそれ以上何も言うことができなかった。
「おおーい。お客様のお帰りだぞ」
カーサとスウゴはそう言って宿の女性に支払いを済ませる。すこし足りなかったようだが、そのくらいはまけておけと言ってカラカラと笑うあたり、やはりこの男はタダ者ではないと思ったが、それを詮索してはいけないと本能が教えていた。
「……ありゃ?」
森を進んで山の頂上に着くと、カーサが頓狂な声を上げた。一見すると王都には何事もなかったかのような佇まいだった。昨日あれだけいた兵士たちも雲霞のごとく消え失せていた。
「城壁の一つくらいブッ壊れていると思ったがな。それに、火の手が挙がっているわけでもない。一体どうなっているんだ?」
「し……小隊長どのぉ」
突然森の中から一人の男が飛び出してきた。げっそりとやつれて、目の下にクマができている。疲労の色が濃い。イリノにはこの男に見覚えがあった。
「ああ。デシデル……さん?」
自分の隊にいた男だった。一応、組織上は自分の部下に当たる。デシデルはイリノの顔を見ながら、ホッとした表情を浮かべている。
「ご無事でしたか、よかった……」
「あっ。ああ」
「おいお前!」
カーサが声を荒げる。その迫力にデシデルは、はひっと返事のような返事でないような声を出して、直立不動の態勢をとった。
「王都はどうなったのだ!」
「はひっ。か、陥落、いたしました」
「陥落したぁ? 詳しく話せ」
「はひっ。大尉殿のご命令で王都に向かいましたが、我々は王都には入れませんでした」
「入れなかったぁ? どういうことだ」
「すでに、敵に占領されていました」
「敵に占領された? どういうことだ」
「裏切り者がいたらしく、王都の門を開けて敵を迎え入れたとのことです」
「……ああ」
「我々が着いたときにはもう城門は閉じられて、敵の兵士に封鎖されておりました。その兵士が言うには、王都は占領された。国王様は首を討たれたということです」
「え? 国王様って、出陣していなかったか?」
「イリノ、お前はバカか。そんなの影武者に決まっているだろう」
「ええっ?」
「つまりはだ。王都にも裏切り者がいて、敵を王都内に引き入れたと。きっと宮殿にも裏切り者がいたんだろうな。敵を引き入れて国王を討たせた、と。どうりで城壁も壊れずに火の手も上がっていないわけだ。ということは、王都は敵にほぼ、無血開城されたということか」
カーサはそう言うと、はぁぁぁと大きく息を吐き出した。
「あの……小隊長殿」
「なんです?」
「わっ、我々は、どうしたら、よろしいでしょうか」
「バカかお前!」
カーサが呆れた表情を浮かべながら口を開く。
「もうこの国はカイルラルに併呑されちまったんだ。軍人ならいざ知らず、俺たちは緊急徴兵された兵隊だ。もう、軍もへったくれもねぇから、自由にどこでも行くといい」
「あの……私を含めて、三十名の者がそこで休んでいますが……」
「だから。もう俺たちは自由になったんだ。休んでいる奴らにそう言ってやれ」
「すみませんが、小隊長殿、それを指示、していただけません、か」
「あー」
イリノにはデシデルの言わんとしていることがよくわかった。彼がそう言ったところで、信じない者もいる。取り敢えず、何らかの階級を持つ者がそのことを言い渡さないと、後で軍の関係者に何をされるのか、わかったものではないからだ。勝手に判断をして、後に制裁の対象となるのを彼は恐れていたのだ。
「ああ、もういい。俺が言ってやる」
カーサが面倒くさそうにデシデルに案内をしろと言い、その後ろについていく。イリノもスウゴと共にその後ろについていく。
兵士たちはすぐ傍で休んでいた。座っている者もあり、寝転がっている者もいて、皆、思い思いに体を休めていた。
「第百五十四部隊小隊長カーサである!」
彼の大声に、兵士たちは飛び上がるようにして立ち上がり、彼の前に整列した。こんな状況においても従順に整列するということは、相当厳しい訓練を受けたのは容易に想像できる。イリノにはそんな兵士たちが哀れに見えた。
「皆も知っていると思うが……」
「貴様ら、どこの兵士だ!」
カーサが喋ろうとしたそのとき、背後から声が聞こえてきた。驚いて見ると、そこには金の鎧を装備した兵士が立っていた。
……あれ? この鎧、どこかで見たな?




