すさまじい光景
マシェラ、と呼ばれた女性はいったんイリノの傍を離れると、おもむろに着ている服の前をはだけた。下着の類は一切つけておらず、そこには生身の女性の裸体があった。
「ウフフ。好きにしていいよ」
好きにしていいと言われても、イリノはどうしてよいのかがわからなかった。不思議なくらいに性欲の類はなかった。それよりも、この裸体を晒しているこの女性に恐怖すら感じていた。
「どうしたんだい? 緊張しているのかしらね。いいねぇ。かわいいねぇ」
マシェラはそう言いながら再びイリノの傍に近づいてくる。確かに美しい体をしている。死んだ母親の裸体とは別物であるかのような形の整った乳房が揺れている。だが彼はそれに触りたいとも、弄びたいとも思わなかった。
「さ、アンタも服を脱ぎな」
そう言って彼女は首筋に唇を当てた。その瞬間彼は飛び上がるようにして彼女から離れる。
「ちょ、ちょっと、待って、下さい」
「何だい」
「今日は、そんな、気持ちにはなれないです……」
「バカなことを言っているよ。男なんてのはね、こうやればすぐに……」
彼女の手が股間に入ってきて、イリノの逸物を弄び始めた。気持ちよさは微塵もなく、ただ、不快感と痛みだけがそこにあった。
「け、結構、です。すみません、ごめんなさい」
「変わっているねぇ。女を知っていようが知っていまいが、男ってのは大体、体を見せると飛びついてくるものなんだけれどね……。もしかして、女じゃダメなのかい? だったら早くお言いよ」
マシェラはそう言うと小さなため息をつきながらイリノから離れた。そんなに大した運動はしていないのに、彼ははあはあと肩で息をしていた。
「ウチはねぇ……女の子しかいないからねぇ」
「いえ、あの……好きな人は、います」
「うん?」
女性は不思議な表情を浮かべた。イリノはサーヤさんとの馴れ初めを語り、彼女がいかに聡明であるかを説明した。
「ふぅん。で、その娘と何か約束はしているのかい?」
「約束?」
「結婚するとかしないとか」
「いえ、そこまでは……。ただ、好きって伝えました」
「相手は何て言ったんだい」
「いえ……何も……」
「アッハッハ。振られてるじゃないかよ」
「そ、そんなことは、ないと、思い、ます」
「アンタいい体をしているのに、中身は全然だねぇ。まあ、まだ子供みたいなもんだから、そんな夢を見ちまうのかね。そんなに好きなんだ。その娘のこと」
「……大好きです。サーヤさんのことを考えると、夜、寝られなくなります」
「手くらいはつないだのかい?」
「いいえ。それは、まだ……」
「まあ、九分九厘ダメだろうね。こんなことは私が言うことじゃないけれど、寝られなくなるような恋は、あんまり成就しないもんだよ。それに、あんまりこの娘だけしかいない、なんて考えない方がいいよ。女なんてこの世にはごまんといるんだ」
マシェラの言葉に、イリノは反論したかったが、言葉が出てこない。そのとき、女性の悲鳴のような喘ぎ声が聞こえた。
「ああ、始まったね。アイツのはすごいからね」
マシェラはそう言うと、部屋を仕切っているカーテンから外の様子を伺った。すぐに視線をイリノに戻すと、クスクスと笑いながら手招きをした。
「おいで。こっちにおいでよ。ちょっとこれ、見てみな」
彼女は手招きをしながら顎をしゃくった。イリノは仕方なく彼女の傍に行き、外の様子を伺った。
そこには、女性の尻を抱えながら行為に及ぶカーサの姿があった。
部屋を仕切るカーテンは床に落ちている。女性はその布を握り締めながら喘ぎ声を上げ続けている。その彼女をカーサはゆっくりと攻め立てている。
彼の逸物が想像以上の大きさだった。周囲から丸見えにもかかわらず、彼はそんなことはお構いなしに、まるで自分の逸物と行為を見せつけるかのようにコトに及んでいた。
引き締まった、傷だらけの体を持つ男が、女性を組み敷いている。その様子は、彼にはそういうことが許されているかのような錯覚を覚えるようだった。
「あたしたちをあんな風にしちまうのは、なかなかいないよ。アイツは冒険者だって言ってたけれど、きっと違うね。まあ、アイツが何だろうが、あたしたちはお足さえもらえれば、なんでもいいんだけれどもね」
二人の交わりに触発されたのか、その隣の部屋からも女性のうめき声が聞こえた。
「あれはスウゴってやつのところだね。アイツは全身を嘗め廻すからあんまり相手をしたくないんだ。でも、サエリは頑張っているね。あ、ちなみにあれは演技だけれどね。いい芝居をしているだろう?」
そう言ってマシェラはケラケラと笑った。そして、手を再びイリノの股間に伸ばしてきた。
「……この様子を見ても、やっぱり何ともないのかい。アンタ、かなり重症だねぇ」
イリノは黙ったまま、マシェラの手から体を離した。




