連れ込まれる
峠を一気に駆け下る。疲れなどは全く感じなかった。次々と王都に向かう兵士たちを追い抜いていく。すでに兵士たちはバラバラに王都に向かっていた。早く走る者もいれば、ノロノロとまるで歩くような姿の者もいて、それはもはや、軍隊としての体をなしていなかった。おそらく大半の兵士は、指揮官が王都に向かうので仕方なくそれに従っているだけで、どうして今の状況になっているのかさえ、把握できていない者も多かった。
敵は草原に広く展開して王都へ向かっていた。その大軍勢に数駒が突っ込んでいっては、弾き飛ばされるようにして落馬していた。騎馬に乗った者たちの大半は先回りしようとしているのか、その大軍勢の傍を通り抜けている。
素人眼に見ても、これだけの大軍勢には勝てないことはわかった。王都の陥落は時間の問題であるように見えた。イリノはそこに戻るのは諦めて、先にサラギの町に戻ることにした。いくら大軍で攻めようとも、王都は高く、大きな城壁で守られている。一日や二日で突破されるようには思えない。敵が城壁の攻略に手間取っている間に町に戻り、サーヤさんを助け出せばいい。そのまま二人で逃げて、名もない町で一緒に暮らせばいいじゃないか。そう考えると、ますますサーヤさんの許に戻りたかった。
目の前には山が見える。そこを超えるとすぐに王都だ。出陣するときは何とも感じなかったが、今の彼にはその山までの距離が異常に遠いように感じられていた。
「ぐあっ!」
突然、背負っているリュックを掴まれて仰け反る。見るとそこには、カーサとスウゴの顔があった。
「バカ野郎。そっちじゃねぇよ。こっちだ」
カーサはニコリと笑みを浮かべると、サラギの町とは逆の方向に歩き出した。周囲では続々と兵士たちが王都に向かって走っているが、彼はそんなことには一切構わなかった。
「死にたくなきゃ、早く来い」
カーサは笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。その彼の一言はズシンと腹に響くものがあった。イリノは不承不承ながら二人の後ろに従った。
「ここだ、ここ」
カーサとスウゴの二人が嬉しそうな声を上げた。山の中に入ってすぐのところに、小さな村があった。彼らはスタスタと慣れた足取りで中に入っていく。
「おや、アンタたち来たのかい?」
村と言っても、掘っ建て小屋が並んでいるのではなく、それなりに頑丈に作られた家が立ち並んでいた。中には二階建ての建物すらあった。
「あの……ここは?」
「悪魔の巣さ」
「あくまのすぅ?」
「まあ、お前はガキだからわからねぇだろうが、ま、言ってしまえば、娼婦街だ。表向きは宿屋だが、その実はってヤツだ。冒険者御用達のお宿ってわけだ。お前、ギルドのカードは持っているよな? それがねぇとここには入れねぇんだ」
イリノはリュックの中からギルドのカードを差し出した。応対していた女性がチラリとそれを見ると、三人に視線を向けると、クイッと顎をしゃくった。
連れていかれたのは一軒の家だった。扉を入ると、布で仕切った部屋が五つばかりあった。
「あらぁ。もう来たの? アンタも好きだねぇ」
そう言って布で仕切られた部屋から女性が顔をのぞかせた。化粧をしているせいか、かなり若く、美形であるように見えた。
「こんなときでなきゃ、来られねぇよ。あ、もう知っているとは思うが、峠の戦いは王国軍の大敗だ。王都は陥落するだろうぜ」
「ああ、そうなの? ま、私たちにとっちゃ関係ないわね」
「そりゃそうだ。あ、マシェラ。コイツはイリノと言って、俺の仲間みたいなもんだ。まだ女は知らないから、相手をしてやってくれ。金は俺が出す」
「ふぅ~ん。いいね、カワイイ顔をしているじゃないか。さ、おいで」
「ちょっ、ちょっと」
「来るんだよ」
さっきまで応対していた女性に襟首を掴まれて、一番手前の部屋に連れ込まれる。部屋に入る直前に、こんないいところはないなという声が聞こえた。あれは、スウゴの声だ。
「今日のアタシはまだ生娘だよ。お前さん、ツイてるねぇ」
女性の顔がすぐ近くまでやってきた。イリノの心臓は飛び出さんばかりに脈打っていた。




