白い石
その日の夜は、木陰の下で眠った。
森を一気に抜け、体力の続く限り走った。あの父親が後を追ってくるような気がして、何度も振り返りながら走った。その一方で、歩を進めるごとに自分が自由になっていくような気がして、全く知らない道を進んでいたが、イリノには不安や恐怖は一切なかった。
陽が落ちる頃になって、大きな木が見えてきた。彼はそこで一夜を過ごすことにして、体を横たえるとすぐに眠りに落ちた。火は起こしているものの、少年が木陰で一人で眠りこけるというのは、考えられないことであった。盗賊や人さらいに遭遇する可能性が極めて高く、まともな者ならば、絶対にやらない行為であった。実際、彼は三十枚の金を持っていた。一年かけて父の売り上げをくすねて作った金だ。これだけの金があれば、半年間は暮らしていける。盗賊がそれを知ったならば、真っ先に彼は襲われ、下手をすれば命を失ったことだっただろう。
だが、イリノは絶対にそうした出来事には会わない自信があった。根拠はまるでなかったが、しかし彼は、それを微塵も疑ってはいなかった。
その夜は月もなく、周囲は漆黒の闇に包まれていた。起こした火はすぐに消え、幸か不幸か、彼は誰にも気づかれずに眠りこけることができていた。
そのときである。イリノの耳に、何か爆発したような音が聞こえた。
「……何だよ」
眠い目をこすりながら体を起こす。周囲は闇に包まれている。だが、すぐ近くの草原の一部がほのかに光っているように見えた。おそるおそる近づくと、そこには長方形の白い石が落ちていた。
「……何だ、これ?」
恐る恐るそれに触れてみる。少し冷たい。ゆっくりと持ち上げてみると、意外にそれは軽いものだった。
「おお……これは、砥石に使えそうだな」
……どこかの町で、刃物を研いで暮らしていくのもいいな。
そんなことを考えながら彼は石を背中にしょっていたリュックの中に入れた。ふと見ると、東の空が真っ赤に染まっていた。まるで、自分のこれからの人生を明るく照らしているようであった。イリノは背伸びをすると、出発の準備を始めた……。