小隊長
王都内がうるさくなったのは、雪が降るようになった頃からだった。すでに、イリノが徴兵されてから四か月が経とうとしていた。
四か月間の激しい訓練を続けてきた結果、彼の風貌はいくらか変化した。これまでの柔和な顔つきから、少し精悍さが現れるようになっていた。今の彼は、軍曹を交えた選抜隊五名との実戦的な訓練に明け暮れていた。
目を見張る成長ぶりだった。これまで剣など振るったこともなかったあどけない少年が、日を追うごとに剣を振るえるようになっていく。軍曹デルフは、その成長に目を細めていた。彼は口には出さないものの、このイリノという少年に才能を見出していた。教えたことはたちまち体得してく。すでにデルフが教えるべきことは教え終わっており、あとは実戦で訓練を積んで、己の剣技を磨いていく段階に来ていた。
それと時を同じくして、王都内にカイルラル王国が周辺国との連合軍を組み、五万の兵でこの国に侵攻してくるという噂が立った。すでにカイルラル王国軍は国境近くにまで来ているとか、国境を守っている部隊と小競り合いがあったなどとまことしやかに言う者もいた。
カイルラル王国の兵士はもともと山家育ちで正義作法も知らない上に、性格が粗暴であるから、国内に攻め込んでくると何をしでかすかわからない。男は殺され、女は乱暴されたうえ遊び女として売られるのだという噂が流れていた。
王都の住民の一部は家財を荷車に積んで脱出する者も出て来た。女性、子供、老人たちが王都を出ようとする動きを見せつつあった。
「流言飛語に惑わされてはならない。無断で王都から出ていく者は処罰する」
兵士たちはそう言って王都中を駆け回った。
実際、カイルラル王国軍は隊列を組んでこの国に向かっていた。ゆっくりと、威風堂々と歩を進めていた。王都の民衆がそうした噂に惑わされたのは、こうした動きを敏感に察していたからであった。
ただ、国軍もそうしたことは想定していた。そのために大軍勢を見せて民衆を安心させようと試みた。
イリノら選抜隊の者たちに軍服が配られた。軍服と言っても、彼らの体に合わせて作られたのもではない。倉庫に保管されていた旧式の軍服を適当に支給されたに過ぎなかった。そのため、まだ身長が伸びきっていないイリノは、彼に合うズボンが見つからなかった。もっとも苦労したのが裾であり、一番小さなサイズのものでも、相当に裾が余ってしまった。彼はその余った生地を切り、チクチクと裁縫をして自分の体に合うズボンに仕立てたのだった。
とはいえ、その軍服は下士官の者たちに支給されるもので、緊急徴兵で招集されたものに支給されるというのは異例の待遇であった。
「明日、国王陛下の御前で閲兵式が行われる。国王陛下は言うに及ばず、王族、貴族、そして、王都の民衆がお前たちを見るのだ。国家の威信をかけた行事であるから、しっかりやるように」
軍曹のデルフはそう言って白い歯を見せた。そして、この選抜隊の者たちは、緊急徴兵で集められた兵士たちを統率する役割を担うことを告げられた。
「わずか十六歳で小隊長か。えらい出世をしたものだな」
カーサはそう言って意地悪そうな笑みを見せた。小隊長などなろうとも思わなかったし、なりたくもなかったイリノは、口をへの字に曲げながらゆっくりと首を振るのだった。




