とんでもない石?
イリノは今、十キロの砂を詰めた袋を肩に担いで走っている。彼は、緊急徴兵された者たちの中から選抜隊の一員に選ばれ、通常よりも厳しい訓練を課されていた。
別に体が大きいわけでもなく、力があるわけでもない彼が選ばれた理由は、持ってきたあの、白い石のためだった。
集合場所から王都に移動して、この国軍本部に連れてこられたとき、彼らは持ってきたものを検査された。イリノは石と最低限の着替え程度だったが、その石が問題となった。
「なんだ、それは」
リュックの中にある石を見とがめた兵士の一人が口を開いた。
「砥石です」
「砥石?」
「商売道具なのです。俺は、刃物研ぎが仕事ですので」
「……ッ」
男は石に向かって手を伸ばすが、それを持ち上げることができなかった。どうやってこれを持ってきたのかという男に、イリノは事も無げに、このリュックに入れて持ってきたと答えた。
「そんなに重いですかね?」
彼はそれを軽々ともって見せた。訝る兵士は、イリノの手にある石を受け取ろうと手を伸ばした。その瞬間、男は石を床に落とした。
「……何という重い石だ。これを軽々と持ち上げるとは、何という力だ」
「いいねぇ!」
男の後ろから、軍服を着た若い将校が声をかけた。目鼻顔立ちが整った美形の男だった。彼はニコリと笑うと、イリノに視線を向けた。
「なかなか見込みのある男じゃないか。ちょっと鍛えてみよう」
その一言で、イリノの選抜隊行きが決まったのだった。
選抜隊に選ばれたのは、イリノを含めた五人の若者だった。他の四人は屈強な体つきをしており、一目見て強そうな雰囲気を醸し出していた。あのサーヤさんの恋人と噂されるジークリフトは他の一般兵に振り分けられたため、到着してからその姿を見ることはなかった。
訓練が始まるとたちまち、イリノは落伍した。体力不足であることが顕著であり、彼はすぐさま別の訓練が課された。それが、この袋を持って走るというものだった。
彼の訓練を担当するのは、デルフという軍曹だった。顔に大きな傷のある、いかにもたたき上げの軍人と言った風貌だった。そのデルフの訓練は容赦がなかった。
「走れ走れ! 走れと言っているのだ! 歩くな! 何ィ? 走っている? バカ者! それは歩いているというのだ!」
そう言ってデルフはイリノの尻を蹴っ飛ばすのだった。
丸一日、倒れるまで袋を背負って走り続け、さらにけ飛ばされ続けたために、尻は真っ赤に晴れ上がり、座っていられない程だった。それでも何とか食事を口に押し込み、ベッドに倒れこむ。そのまま彼は泥のように眠った。
翌朝目が覚めると、夜明け前だった。まだ、外は暗い。ふと、頭の下に固いものがあった。見るとそれは、砥石に使っているあの、白い石だった。
もうひと眠りしたいが、これでは寝ることはできない。周囲を見回すと、自分の枕がベッドから遠くに落ちていた。それを拾おうとベッドから降りてそれを拾う。
「……あれ?」
尻の激痛が消えていた。それどころか、足の震えも止まっていた。
「これって、この、石のおかげ……?」
イリノは思わず手に持っている石を見た。何の変哲もない、白い石だ。ただの石ではないと思っていたが、もしかするとこれは、とんでもないものかもしれない。そんなことを考えていると突然、男の怒号が響き渡った。
「起床ぉ!!」
周囲がバタバタと動き回っている。ああ、今日も訓練が始まるのか……。彼は大きなため息をついて天を仰ぐのだった。




