衝撃の事実
「そういえばアンタ、嫁さんいないな。どうしてだい?」
ある日の昼が下がり、イリノはふと思い立って、マリノラにそんなことを聞いてみた。その問いかけに、マリノラはヘラヘラ笑いながら手をヒラヒラさせた。
「冗談言うな。嫁なんてぇ、あんな面倒臭ぇもの、何で持たなきゃならないんだ」
「そうなのかい? 好きな人と一緒にいたいと思わないのかい?」
「バカだなお前は。お前ぇはまだガキだからわかんねぇだろうが、嫁なんてぇのは男を縛るものでしかねぇんだ。考えて見ろ、嫁さんを持ちゃ、毎日家に帰らなきゃならねぇ。家に金を入れなきゃならねぇ。それができねぇと文句を言われるんだ。そんな面倒くせぇもの、俺ぁまっぴらごめんだ。女が欲しけりゃ、娼館に行けばいい。あそこは金さえ払えば、それなりに満足させてくれる。若ぇキレイな女もたんといる。俺ぁその日が暮らせて娼館に行ければ十分なのさ」
娼館……どういうことであるのかは知っていた。場所も知っている。このマリノラがちょいちょい仕事を早く上がってはそういうところに行っているのも承知していた。彼はよくイリノにも一緒に行こうぜと誘うことはあったが、彼の心の中にはサーヤさんがいるために、そうした場所に行くことは、彼女に対する冒とくのような気がして、その誘いを断り続けていたのである。
「でもさ、好きな人が家にいるっていいじゃないか? 俺は憧れるね」
「ヘッ、まだガキだな。まあ、家事万般をやってくれて、性格が穏やかで優しい女なら、考えねぇこともないが、そんな女はまあ、いねぇやな」
「そうかい? ギルドのサーヤさんなんかいいと思うけれどな」
「サーヤさん? ああ。あのウサギ獣人のか。ありゃダメだ」
「どうして?」
「あれにはレコがいるからさ」
「レコ? レコってなんだい?」
「男がいるんだよ」
「はっ!? なっ、えっ?」
「俺ぁ、他の男のモンに興味はねぇ。確かに、仕事はできるし、性格も大人しいが、人のモンはダメだ」
「男って……誰?」
「ジークリフトさんだ」
「ジークリフトぉ?」
「お前ぇ知らねぇのか。あの冒険者の男よ。ほら、ギルドのカウンターで酒ぇ飲んでいるオオカミ獣人の男だよ」
……確かに、その男には見覚えがあった。ずっとカウンターに座って酒をチビリチビリ飲んでいる男だった。自分の気に入った依頼が来るまで、いつもそうして酒を飲んでいる男だった。
「さ、サーヤさんは、結婚、している?」
「結婚まではしてねぇんじゃねぇかな。ただ、休みの日に二人で買い物しているらしいから、まあ、仲良くしているってところじゃねぇか」
「ああ……じゃあ、仲のいいお友達……」
「バカかお前は。そんなわきゃねぇだろう。仮にも男と女だぜ? そりゃ夜になりゃ二人、あんなことやこんなことでお楽しみになるに決まってらぁな。ヘタすりゃ昼間からお楽しみになってるかもしれねぇな。カッカッカ」
……地面がゆっくりと傾いていくような気がしていた。体が何だか重たくなった気がした。
男と女が何をするのか、イリノはすでに知っていた。経験はなくとも、父親が女性を連れ込んでコトに及ぶのを何度も目撃していたのだ。まさか、あのサーヤさんが、あんなことをしているとは考えられないし、考えたくもなかった。
「さ、そろそろ仕事にかかろうぜ。お前とヘンな話をしちまったから、俺も何だか行きたくなっちゃった。今日は早く仕事を終わらせて、大人の社交場にしゃれ込むとするぜ」
マリノラはそう言って自分の仕事道具を傍に引き寄せた。イリノは呆然自失となりながら、力なく白い砥石の前に座った。
……まさか、あの、サーヤさんが。
その日から彼は、眠れなくなった。




