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きれいな名前

結局、イリノとマリノラはザザスの提案を受け入れて、彼の工房の隣で店を構えることになった。そこは思った以上に広かったが、二人が住むには手狭であった。結局、話し合いの結果、イリノは宿屋に居続けることになり、店にはマリノラが住むことになったのだった。


イリノが予想した通り、ザザスの工房からの依頼は一週間に一度か二度ほどしかなかった。さすがに依頼のあったときはその仕事にかかりっきりになるが、それでも、週の半分以上はこれまでやっていた研ぎの仕事をすることができた。


彼が砥石に使っているあの白い石は、やはり不思議な力を秘めていて、通常であればかなりの時間がかかるものでも、およそ半分の時間で仕上げることができていた。そのため、彼の仕事は早く仕上がり、さらに多くの仕事を受けることができて、売り上げも順調に伸びていった。


また、マリノラもその腕を認められつつあり、彼は鞘だけでなく、町の人々から頼まれてオーダーメイドの品物も作るようになっていた。マリノラの仕事が忙しくなるにつれて、店には彼が仕入れてきた革がひしめくようになり、あっという間に寝る場所が無くなっていった。店の中は革から発せられる独特の臭いに包まれたが、彼らはそれを気にすることなく商売に没頭するのだった。


そんなある日、仕事が立て込んで作業が深夜に及んだことがあった。ようやく一段落させることができて、イリノは宿屋に帰ろうと店の扉を開けた。すると一人の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。その瞬間、彼の体は固まった。


……ギルドの、あのひとだ。


驚きのあまり固まる彼に気づいた彼女は、少し笑みを浮かべると、小さく会釈をした。


「いっ、今、お帰りですか?」


「はい……。こちらにお住まいでしたか」


「いっ、いや、俺の、店が、ここなんです……」


「そうでしたか……」


「お家は、この、近く、ですか?」


「ええ……」


「おっ、お気を、つけて……」


「はい。ありがとうございます」


女性はそう言って再び小さく会釈すると、スタスタと歩き出した。その背中を見送るイリノに、マリノラが後ろから声をかけてきた。


「ああ……。サーヤさんじゃないか」


「えっ? お前、あの女性を知っているのか?」


「ああ。あのギルドじゃ一番仕事ができるンで有名だよ。あそこは、あの人で持っているといっても過言じゃねぇな」


「ああ……やっぱり、な。そうか、サーヤさんって言うのか……」


何ときれいな名前だろうと思った。その名前を聞くだけで、幸せになれる気がした。


「おう、俺ぁもう寝るぜ。また明日な」


「あっ、ああ」


まるで追い出されるようにしてイリノは店を出た。ふと見ると月が出ていた。その月明かりがほのかに町を照らしている。彼には見慣れた町の景色が、やけに美しいものに見えていた……。

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