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脱出
「てめぇなんざ、くたばっちめぇ!」
イリノはその声を背中越しで聞いた。叫んでいるのは、父であるアルダだ。
……テメェがくたばりやがれ。
イリノは心の中で呟きながら駆け出した。こんな村にはいられない。二度と戻ってくるものかと心に誓った。
物心ついたときからずっと、父の鍛冶屋を手伝ってきた。彼に与えられた仕事は、仕上がった刃物を研ぐ作業だった。来る日も来る日も仕事に追われ、失敗すれば容赦ない父親の鉄拳制裁を受けた。
母や兄、姉がいるうちはまだよかった。だが、母が亡くなり、兄が家を出て、姉も駆け落ち同然で結婚してしまったときから、父と二人の生活が始まり、地獄の生活が始まった。
……俺がいなきゃ親父は鍛冶屋の仕事は続けられない。俺をコキ使ってきたツケが回ってきたんだ。ざまあみやがれ! これから俺は俺の人生を生きてやるのだ!
気が付けばすでに村を出て、森の中を走っていた。いつになく体が軽く感じていた。