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――苦難の後に、道は開ける。
虚空を宛もなく遊泳する火球、生物と現象の中間体だとされる存在。死地を脱し辿り着いた『第15石室』には、炎の精霊が無数の火花を散らしながら、石柱の合間を悠然と漂っていた。赫々と生滅する炎に縁取られた、一際白熱する中心核。あれが性質付与魔法に必要な素材、求めていた『写霊石』に違いない。
幸運と興奮に胸が高鳴るが、大仕事はこれからだ。
精霊には、複数の小個体同士が融合し、より大きな一個体へ成長するという過程を幾度も繰り返して、半永久的に巨大化していくという性質がある。極度に巨大化が進んだ個体は、暴風雨や山火事といった自然災害の原因となることもある。そして詰まるところ、エレメンタルが引かれているのは、その核となる『写霊石』だ。
そしてそれは、現在私の魂と肉体を結び付けている魔法物質と同じものだ。ノエルは蘇生の大釜に沈殿した泥に溶け込んだ『写霊石』の含有量は、エレメンタルが私を他の個体だと誤認するのに十分だと言った。――悪戯な笑みを浮かべながら。
本来、闇雲にエレメンタルを追い掛け回しても徒労に終わるだけだが、今の私なら向こうの方から勝手に接近してきてくれるという訳だ。飛翔する火球が目前に迫った所で、短剣で正確にその中枢、『写霊石』を叩き落として無力化する。それが出来なければ、小さな太陽の熱と光に飲み込まれるだけだ。
私は一歩一歩、部屋の中心へと進んでいく。石柱の周囲を回遊するエレメンタルの核に焦点を合わせつつ、短剣を構える。そして何時しか、私が適当な地点まで到達したのだろう。不規則に旋回するエレメンタルの動きが止まった。そして、重力に引かれた星のように、生ける火球は私の方向に軌道を変えた。
迫り来る猛火。額の汗も吹き飛ぶ程の高熱。
踏み止まれ、引き下がるな。短剣の間合いまで堪えろ。
あのスケルトンを倒った時の感覚を思い出せ。
――今だ。
私は、構えた短剣を横一閃に薙いだ。角度は良い。中心核を捉えた剣筋。
――しかし、踏み込んだ足の感覚がおかしい。
「何だ?」
時間の切れ目の中で、足元を一瞥した。床が沈み込んでいる。罠だ。
立ち並んだ石柱の隠し穴から、無数の弩の矢が一斉に飛来し、全身を射抜く。
「――馬鹿なッ」
矢弾の雨に晒され、体中が貫かれる。千切れる指先、砕ける骨、飛び散る臓物。
――そして炎の奔流が私の全身を包み込む。
私は、血だまりの中で、焼け爛れていく皮膚の匂いを最後に感じた。
また、意識は死の渦が描く螺旋の底に沈み込んでいく。
冷たく、暗く、退屈だ。……ああ、しかし今度は、一片の炎とともに。