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 次なる石室へと暗く長い隧道は、数多の歳月を経て周囲の地層と一体化していた。湿った苔草を一面に冠した石畳に足を掬われそうになりながら、次第に乏しくなりつつある松明の灯りを唯一の頼りとして、回廊の終端へと向かっていった。


 しばらくして、朽ちかけた穹窿アーチの先の開けた空間に出た。私は、罠や魔物の気配に神経を鋭敏に尖らせつつ、頭上に掲げた松明をそっと地面に置いて、懐から小さな手帳を取り出すと、ここが『14番目の石室』であることを入念に記録した。

 

 ここまでの所、今回の探索は非常に順調に進んでいた。致命的な罠に引っ掛かることもなく、致命的な敵との遭遇エンカウントもない。最大の危機はと言えば、最序盤のゴブリンとの戦闘だっただろうか。ゴブリンとの復讐戦リベンジマッチは名誉ある様式的決闘ではなく、息を潜めた背後からの短剣による奇襲だった。瀕死のゴブリンが振り乱した棍棒が私の肩を強打したが、幸いにも軽い打撲程度で済んだ。小鬼は数匹の小隊パーティを組んで行動するのが基本的な習性だが、仲間に警告を出される前に片づけられた。


 数度の死を経て初めての僥倖。自己最高の到達地点である『第15石室』への道程も残り僅かとなった。以前に精霊エレメンタルを目撃したのも、この近辺だ。慎重を期していけば、魔女の大釜からではなく正門から工房へと帰還できるかもしれない――。


 私が楽観に耽っていると、松明の炎が放つ光と迷宮を覆う暗黒の狭間で、巨大な人型の影が動くのが見えた。そして人影は進みだした。――私の方に向かって。


「――ヤバい」


 私は慌ただしく短剣を引き抜き、松明を床から拾い上げると、重たい足音を響かせて接近する影に灯りをかざした。迷宮を闊歩する人影の正体が、露見する。


「……何だよ。お前らか」安堵の溜め息とともに、そう呟く。


 暗闇から進みだした大柄な岩と土の体、即ちノエルの工房で数百と製造されていた泥人形ゴーレムの一体が、どこか愛嬌のある空っぽの眼で、私を見下ろした。


「もうここまで来てる奴もいるのか。……お前もご苦労で」


 私の軽口を意に介さず、ゴーレムは私に覆い被さるように両腕を広げた。ゴーレムの体は工房の素体と比べて酷く損傷していて、右腕は既に崩れかけていた。


「――お前、何を――」


 次の瞬間、古い幅広剣がゴーレムの胸部を貫いて私の眼前に突き出される。まるで巨木が倒れるように、ゆっくりと地面に崩れ落ちていくゴーレムの巨体の背後で、炎に照らされた真っ白い頭蓋骨が笑うように擦れ合った。――骸骨戦士スケルトンだ。


「――守ったのか。俺を」


 私は倒れていくゴーレムの巨躯を半身で受け止めて盾としつつ、その背後のスケルトンに短剣の刃を突き立てた。骨の痛々しく軋む音。ゴーレムの体が完全に崩れ去ると、私はその砂埃から飛び出して、皮膚のない白骨だけの体を魔法的に接続し駆動する不可視の筋肉と腱を狙って、その空虚な体を切り刻んだ。

 

 骸骨戦士スケルトンを構成する骨格は、張り詰めた糸が切れたように弾け飛んだ。

 勝利の余韻に浸る間もなく、独りでに組み上がる数多の骨の音が、部屋に響く。


 退路はすぐそこだ。今来た入り口から戻ればいい。――しかし。


 私は地面に転がったゴーレムの頭部を一瞥した。

 やはり、虚ろな視線が私を見つめ返した。


「俺はもう少し、先に行ってみるよ」


 ゴーレムの頭に、私はそう言った。


 ――なぜだか、労働意欲が、湧いてきた。

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