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 迷宮ダンジョンの初層に横穴を穿って築かれた魔女の工房は、特殊な時空間魔法によって迷宮内の周期的な構造変化から隔絶された安全地帯セーフルームとして機能している。あの厄介極まる魔女、――ノエルが、この巨大な地下迷宮を踏破するべく建造した前線基地であり、私を含めた哀れなゴーレム達にとって、唯一の安息所と呼べる場所だった。


 ――迷宮の中で取るに足らない理由で死に、この工房の釜から蘇る――。そんなことを幾度も繰り返していると、不意に強烈な実存的不安が脳裏に去来することが日常になった。……無論、今だってそうだ。だから、こうして、反芻しておこう。


 私はクロード・エスト。王都の冒険者協会ギルドに所属する新人冒険者で、本来ならば、このように仰々しく述懐する必要性などない、有象無象の低級冒険者だった。

 

 『低級』冒険者。別に謙遜でも卑屈になっている訳でもない。私は公的に認められた『低級』なのだ。王都のギルドに所属する冒険者は、その実力と実績に応じて数段階の等級ランクに振り分けられる。単純な魔物討伐から貴重資源の採取、未開地の地図作成など多岐に渡る依頼を達成して昇格を繰り返し、高位の等級として認められれば、一代で莫大な財を成す者もいた。では、誰もが愚直に昇級を目指すかと言えば、そうでもなかった。無暗に等級ランクを引き上げるということは、権謀術数渦巻く王都において明に暗に名声を高め、それだけ危険で面倒な仕事を引き受ける重責を負うということを意味するからだ。協会に加盟する大多数の冒険者が、夢見がちな一攫千金や上流社会における栄誉のためではなく、明日の日銭を稼ぐために依頼を引き受けるとき、自らの命と生活を守るために、出来る限り昇格を避けつつ、危険度の低い仕事を選ぼうとする心理はある種当然のことだった。しかし、時には例外も生じる。一攫千金を狙う、無知な新人冒険者。たとえば、――私のように。


 低ランクで受領できる割には報酬が破格だった。契約文書は巧妙な隠語と修辞法によって直接的に明言することを避けていたが、私はそれが『迷宮攻略』を暗に依頼するものであると察していた。私は『美味しい仕事』だと思って飛びついたが、本来その時点で気付いておくべきだったのだ。それが、本当に『美味しい』だけの仕事なら、ギルド内の事情に精通した目敏い熟練冒険者ベテラン達が、真っ先に依頼を受領していただろう。旧世界の宝物を蔵すとして世界中に点在する『迷宮的建造物ダンジョン』には、盗掘者ローグを退ける魔法的防御が幾重にも施されている。その中でも最も驚異的かつ堅牢に機能するのは、一定の周期で迷宮の構造そのものが作り変わるというものだ。つまり、過去に作成された地図や記録文書などは、ほとんど役に立たないものになる。不確実性の高い迷宮内の環境では、その探索に不可欠な物資の確保と供給すら困難を極める。如何に腕利きの冒険者であろうとも、迷宮の最深部に到達し、真偽不明の『財宝』を持ち帰るには、文字通り命が幾つあっても足りないだろう。


 ……誰に聞いたわけではない。私が今、身をもって実感していることだ。


 思い返せば、私はそもそも捨て駒だったのだろう。依頼主の商人も良くて斥候程度にでもなればいいと踏んでいた筈だ。そう考えれば、一介の低級冒険者だった頃と、魔女のゴーレムとなった今とで、待遇にあまり違いはないのかもしれない。


 私は一息吐いて、魔女の大釜から立ち上がった。


 意思なきゴーレムの素体が、私を虚ろに見つめていた。


 一刻も早く迷宮を出なければ。自分が何者か、分からなくなる前に。

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