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私は死んだ。その冷厳たる事実は私の遺骸とともに、この巨大な迷宮の何処かに確かに存在するのだろう(恐らくゴブリンの腹の中だろう)。しかし、記憶の泥流へと飲み込まれていった私の意識は、その湖底から、再び目覚めるのだった。
波立つ水面、渦を巻く濁流、浮かび上がる気泡。亡霊のように揺蕩う視座の定まらない意識を、肉と骨が柔らかく縁取っていく。神経が走り、血が通う。身体性を取り戻した意識は、まず水面へと向かって藻掻いた。苦しいのだ。
水面から飛び出した私は、大きく咳き込んだ。肺に入った水を吐き出して、荒々しく呼吸する。そこは、何体もの泥人形が並んだ魔女の実験室だった。そして私は、泥人形に命を宿す装置、原初の海を模した蘇生の大釜の中で溺れかけていた。
「また、失敗したのかしら」
部屋の奥まった暗がり、立ち並んだ実験素体の向こうから女の声がした。
「……労いの言葉の一つもないのか」
乱れた息遣いのまま、吐き出すように言った。
奇妙な大帽を目深に被った魔女、――ノエルは、魂なき泥人形の隊列を立ち割るように闊歩して現れる。そして頑健なゴーレムの素体に背を預けて言った。
「……えっと、お疲れ様?」
「その疑問符は?」
「……いや、その、自分のゴーレムと話す経験に乏しかったから」
「俺は元……いや、今だって人間のつもりなんだがな」
「……まったく、お喋りなゴーレムね」ノエルは肩を竦める。そして続けた。
「ところで、探索の調子は? ……あまり順調だったようには見えないけど」
「お察しの通り進展はなかったが、ようやく一つ悟ったよ」
「何かしら?」
私は薄く唇を噛む。否定したかったが、否定しがたい事実だ。
「俺は……そんなに強くない」
ノエルは整然と戦列を組むゴーレムの素体をちらりと見て、言う。
「……ま、そうね。このコ達と比べても、お世辞にも強いとは言えないかも」
「悔しいが、その通りみたいだ。……だから、もう少し計画を練ろう」
「計画? あなた自身が私の計画よ。クロード」
「……アンタは試行回数だけでゴリ押そうとしてるみたいだが……」
「……それじゃ、駄目かしら?」
眼鏡の奥の青い瞳が、無垢な邪気を放つ。
「俺の身にもなってくれよ。……もう十回以上は死んでるんだ」
「……まったく、軟弱なゴーレムね」ノエルは溜め息交じりに声を漏らす。
「とにかく作戦会議だ。……アンタにもっと聞きたいこともあるしな」
「……そこまで言うなら分かったわ。とにかく、着替えなさい」
そう言い残すと、ノエルは紫紺のローブを翻し、物陰の先へと消えていった。