番外編1
「上皇様。あなたは今日も許してくれないのですか?」
御簾の内の人は無言だった。外の男-道義はふーっと残念そうにため息をつく。
道義にとってこの上皇は頭痛の種だった。かつては一番の親友だったというのに。
あのことがあってから上皇は道義に固く心を閉ざしている。こちらから何を言っても
反応せずだまりこくっているだけ。だが、今宵は少し違うようだ。
院の御所といわれる寝殿造りの屋敷。その寝殿の簀子にしいてある円座(わらなどで
円形に編んだ敷物)の上に道義は座っている。
「道義」
御簾の向こうから上皇の声が聞こえる。人の心を甘くとろかすような声。その声に似
あう美男の上皇の姿は二人を隔てる御簾のせいではっきりとはみえない。でも、夜な
ので外側の者は内側の者をほのかに見ることはできる。男である道義さえときめいて
しまうような人なのだからきっと女はのぼせあがってしまうのだろう。
「もうあれから七年。私はすっかりお前を許したわけではないが…」
そこまで言って上皇は不意に黙った。続きはなにをいうか迷っているようだ。
道義は微笑した。久しぶりに聞く上皇の声は聴いているだけでここちよい。
しばらくしてから、上皇はそっと少しだけ御簾をあげ、こちら側に片手を滑り込ませ
た。その手には扇が握られている。
「遣る」
ぶっきらぼうな言い方だ。照れているのだろうか。道義がその手から扇を受け取ると
上皇はサッと手をひっこめた。
もらった檜扇はなかなか高価なもので、桜の模様が描かれている。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら道義は考える。同母妹・大君は体が弱く帝の子を産めないかもしれ
ない。上皇を異腹の妹と結婚させればよいのではないか。
「もしや、政のことを考えているのか?」
上皇の問いに道義は、
「あなたにかかわることですよ」
と答え、考えていたことを話した。
「いいのか?」
上皇は怪訝そうに問う。
「ええ。どうぞ」
妹を政略の駒にすることに躊躇いはない。そうやって関白家は権力を握ってきた。
「お前の妹はお前の所有物ではない」
「どの口が言うんですか?姉を駒として扱ったのは誰です?」
上皇は黙ってしまった。
「ではまた来ます」
道義はそう言って院の御所をあとにした。