プロローグ
プロローグ
何代も前の帝の血をひく者。
菊子はまさにそれだった。だが、身分は高いわけでもない。菊子の父の官位はいまひ
とつなのだ。
父・道信は言う。
「いいかい。君はあの聖帝のひ孫なのだよ。もちろんわしもそうだがね。だから君は
妃になるのだよ。わかったね」
菊子には意味不明なことを言っているようにしか聞こえないが、この時代これが普通
なのだ。
世は平安時代。あるひとつの氏族の男が権力をもっているのだ。どうやって権力を手にするのか。それは、自分の娘を帝の妃(后)にし、その娘が産んだ男子を次の帝にするというものだ。上流の貴族はほとんどの者がそれを目指していた。道信の官位はそれを目指すのには低すぎなのだが。
「はいはい。わかっておりますよ」
菊子はそう言って話をいつも切り上げる。
菊子は心の中でこう言っていた。
(夢を見るのもたいがいにしろ。クソ親父!)
菊子に父への敬意などはなからない。そもそも今の政の仕組みはおかしいのではないか。それに乗っかろうとする父も父だと。
真逆といっていい父子だが、ひとつだけ共通点があった。それは美貌である。
菊子は自分の背丈より長い見事な黒髪をもっている。
顔立ちは整っている。切れ長の目は知的さを醸し出している。鼻の形はよく唇は赤く健康的。そんなにも美しいというのに彼女はそれに無頓着だ。それでは宝の持ち腐れだが、外の者にめったに顔をみせない貴族女性の菊子は自らの美に気づく機会がない。
菊子がいつも着ている着物は有名な十二単ではない。そんなに重い着物を毎日着ていては体がつぶれてしまう。普段着である袿姿で過ごしている。
そんな菊子は自分があこがれてもいなかった世界に足をふみいれることとなる。