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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
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秘められた力

 異世界の朝は比較的活気に満ちていて賑やかだ。

 通りに面した冒険者御用達の安宿『青牡蠣亭ブルーオイスター』に泊まった俺達も、街の雑踏の賑やかな声を目覚まし代わりに起床することが出来た。

 昨夜駆け込みで『青牡蠣亭ブルーオイスター』に入った俺達を迎えたのは俺達を無表情で見下ろす上半身裸姿のマッチョなおっさん。「やはりか!」と俺は引いたが、すぐに娘さんらしき人が現れて「お客さんが怯えるからお父さんは引っ込んでて」なんて怒られて、そのおっさんはシュンとなって奥へと消えていった。

「お父さん料理の腕はいいんだけれど、見た目あれだし口下手で誤解されやすいんですよね」

『青牡蠣亭』はそんな台詞を吐きながら苦笑いする娘さんとマッチョな父親の二人で経営するなかなかアットホームな宿だった。 


 冒険者ギルドのマスターデイドラさんに言われた通り、俺達は朝一の鐘(午前九時頃)を目安に冒険者ギルドを訪れた。

 昨日と打って変わり朝の冒険者ギルドは大盛況。

 パッと見でも二十組ぐらいの武装した連中が所狭しと犇めいては何やら話している。特に依頼掲示板の前は賑やかで、我先にと争っては割の良い仕事の奪い合い合戦、それだけ各地から上がって来る俺達用の物騒な案件が多いって事なんだろう。

 俺達はその雰囲気に圧倒され唖然として見ている前を、依頼登録の受理を終えた冒険者達が次々に外へと仕事に出かけて行く。

 ある程度受付が空いた所を狙い新人冒険者向けの戦闘訓練をお願いしたが、一度に訓練を受けられるのは二名までという事らしく、トウマとミヤコにその座を譲り俺とトオルは冒険者の仕事というのを受注してみようという事になった。

 この後武器を失ったトオルの買い物と冒険者稼業に必要と思われる品を物色するため午前中一杯は時間を取られるため、今日は常時依頼である薬草採取とやらを試しにやってみる事にした。

 この依頼は特に依頼登録する必要はなく、現物の持ち込み買い取りになる様なので他の依頼の合間に行う事も出来るみたいだ。

 一応薬草の群生地はこの辺りと口頭で受付嬢に教えて貰ったが、今でもその情報が生きているかは怪しいので「参考程度に」とも言われた。


 トウマとミヤコの二人と別れた俺とトオルは、受付嬢から仕入れた冒険者御用達の品々を扱う雑貨屋を目指す。目的は武器の更新と足回りを含めた必要装備を手に入れること。店自体はギルドからさほど離れていない場所にあったのですぐに見つける事が出来た。

 今回特に俺が求めたのは靴だ。

 俺が履いているのはビジネス用の合成革靴だし他の三人は合成布製の運動靴、とてもこの世界の地平を踏破するには向かない。

 軍用のジャングルブーツ的なものは無いかと物色すると中々のものを見つけた。

 トオルが仕立屋同様に自分の運動靴を店主に見せて「これ買いませんか?」等と試しに聞いていたが、「布製の靴か、ふむ…、この足底の弾力のある革は何の魔物の皮なんだ?」などと評価した後に、俺の革靴とトオルの運動靴と交換で靴一足を選んでいいという事になった。

 得したのか損したのか分からないが、トオルに至っては槍も一緒に無料で買えたので店主側が儲かってそうだというのは分かる。

 結果俺はブーツの他に鉄の剣を一本と革の胸当て、薬草採取用の小さな刃物、肩掛け用の布のカバンと背負うタイプのリュックの二つを購入。トオルも俺に倣い革の胸当てと肩掛け用のカバン一つを買っていた。

 鉄の剣が一番値が張ったが命を預ける武器、少しでも良い物にしておきたかった。全部で銀貨五十枚近くの出費になったが、槍を無料で手に入れたトオルは手持ちの節約にはなった様だった。


「さて、では我らの最初の仕事といきますか」

「始まるんですねリュウセイさん。俺達の冒険者としての第一歩が」

 初仕事となる薬草採取だったが、俺とトオルは期待に胸を膨らませていた。冒険者の第一歩といったらこれかゴブリン討伐とRPG系ではお決まりだからだ。

 俺がRPGに嵌まった高校時代なんかには、いきなり馬車の護衛依頼なんてシナリオを書くTRPGのゲームマスターなんかもいたが、現実には実績の無い連中に命を預けるような依頼をしてくる顧客はいない。 よって護衛依頼なんていうのは余程の事情が無い限りランクのそこそこ高い冒険者を顧客は指定してくるのだ。当然駆け出しの俺達Fランクにそんな声が掛ることはまずない。

 これが現実ってやつだ。


「あ~早く高額依頼をこなしてリッチな生活を送る冒険者になりたい」

 なんて夢の様な話をするトオルを横目に俺達はタミナスの街の城門を後にしたのだった。


          *          *


 街を出てすぐは農地が広がっていたが、そこを過ぎると何処までも続く森と緑の草原、何というか何も無い。

「受付嬢の話では森と草原の境目ぐらいに薬草類は群生しているらしいが…」  

「リュウセイさん、こんな干からびた押し花標本じゃ分からないですよ。俺の目には生えてる草が全部同じに見えます」

「まあそう言うな。おっこれじゃないかな。おお、あそこにも」

「ああ、本当だ。リュウセイさん何で分かるんですか」

「何だろうな。これだって感じで体が覚えてるんだよな。トオル、お前の足元の黄色いの毒消し薬の材料になる草だぞ」

「えええ、何で知ってるんですか?」

「分からんが、分かるんだよ。どうも俺の中に薬草類の知識があるみたいだな」

「マジっすか。リュウセイさんそれ異世界召喚特典ってやつじゃないですか? リュウセイさんには薬師の才があるのかも知れませんよ」

「召喚特典って漫画やアニメじゃあるまいし…、とはいえそうでないと説明出来んなこれは…」


 そう、不思議な感覚だった。

 目の前に生えている雑草の草原で、なぜか俺にはその中で薬草と呼ばれる種類の草を的確に見分ける事が出来るのだ。ただトオルの言う様な薬師の才は無いと思う。

 なぜならそれをどう使えば薬効が出るなんていうのは全然分からず、ただ薬として使えるその材料を見分けられるというだけだからだ。

 ともかく俺の見立てで選んだ草を根を残すようにして刈り取っていき、十本を一束にしたものを作り上げてはカバンの中に詰めていく。


 回復薬の材料となる薬草を三十束、毒消し薬の材料になる薬草を十束ほど作った所で中二の鐘(午後三時)が遠く街の方から聞こえて来たので作業を切り上げ帰路についた。

 あまり遅いと仕事を終えた冒険者達の依頼報告の列が出来ると聞いていたので、俺達はそれよりも少し早めに冒険者ギルドへと帰還する事にしたのだった。

「薬草二十束、毒消し草十束、確かに買い取らせて頂きます」

 冒険者ギルドの買い取りカウンターに採取した草を持ち込み査定して貰った。

「あの、残りの薬草十束は?」


「貴重な薬草の乱獲と生ものの処理限界がありますので、一組から一度に買い取れる上限は二十束までと定められていますので、それ以上の買い取りは出来ません。残りは明日持ち込みで買い取る事は出来ますが、鮮度が落ちますので買い取り価格はかなり下がるかと…」


「そうですか…では規定分だけでお願いします」

「一束銀貨一枚で三十枚、現金で即お渡ししますか? それともギルド口座に預けますか?」

「現金でお願いします」

「しかし凄いですね。規定を越えた数を納品出来る方なんてそうはいませんよ」

「ははっ…そうなんですか」


 買い取りカウンターのギルド職員に褒められて上機嫌で宿へと帰還した俺達。とりあえず稼いだ金はトオルと二等分して山分けだ。

「半日で三万円の稼ぎですよリュウセイさん。これでもう飯食っていけるんじゃないですか?」

「うん、そうなんだがな。薬草が年中いつまでも生えている訳じゃないみたいだから、これ一本っていうのは厳しいかもしれんぞ」

「でも一つ大きな収入源が確保出来た訳だし、まずは安心って事じゃないですか?」


 冒険者ギルドでトウマとミヤコの戦闘訓練とやらを拝見しようとしたが、すでに今日の訓練は終えたとの事だったので、先に戻っているであろう二人の部屋を俺は訪ねたがどうも部屋は留守の様だ。

「連れの二人なら店の裏にいるよ」

 そう宿の娘さんに言われて俺は宿の裏手の空き地に足を運んだ。そしてそこで目を見張るような光景を俺は目にした。

「はあっ」

 掛け声と共に空中で鮮やかに回転して見せるミヤコ。着地と同時に短剣を何度か振り、そのまま二連続のバック宙を決めて見せる。

 軽快な身体能力を披露するミヤコとは裏腹にトウマは薪束の上に腰掛けて両手を前に突き出して集中している。しばらくするとトウマの手が輝きを帯び始めた。

「これは一体、何が起きてるんだ?」

 俺の声に二人が気づき、今日の戦闘訓練のお復習いと技能開花に努めているという。

「技能開花とは?」


「戦闘訓練は結構キツくてクタクタだわ。でもね、私達人間の持つ能力は意識することで発現するんだって教えて貰ったのよ。それで実際に色々試して貰って分かったのが私は軽業系の身体能力、トウマは回復術にどうやら適正があるみたいなのよ。そんな力があると分かるとワクワクするじゃない。だから今こうして試してみてるのよ」


 たった一日のギルドでの戦闘訓練で見せたトウマとミヤコの劇的な変化に俺達は興奮した。

 特に俺とトオルはトウマの使う回復魔法とやらに影響を受けた様だった。明日は俺達二人が戦闘訓練を受ける番になる。自然と期待も高まるってもんだ。


          *          *


 深夜、俺は何かに憑かれた様に目を覚ました。

 今日採集した薬草束がどうしても気になったからだ。この薬草をどうすれば薬として使えるのかは分からなかったが、その使い道が勝手に頭の中に流れ込んできて、これをそのまま放置してはいけないという感情が俺を突き上げてきた。

 風呂代わりに体を拭く為の湯を買った桶には冷めた水がまだ残っている。俺は床に置いてあるその水桶の中に薬草の束を浸し、そして夕方トウマが俺達に見せた魔法の発動を俺は真似て桶に向けて手を伸ばして集中する。

 上手くいかないが、俺の中にある記憶がそれを続けなければならないと告げている。だから俺は訳が分からぬままだったが自身の中にある魔力というものを絞り出す様に水桶に向けて集中し続けた。

 突然体から何かが抜けていく様な不思議な感覚を感じた。

 それと同時に俺の手がかすかに光りながら、そこから溢れた何かが薬草を浸した水桶を包んでいく。何が起こったのかよく分からないが、薬草を浸した水桶は青くキラキラと輝き何かに変化した様にも思える。

 そこで俺はどっと疲れを感じてそれ以上立っていられなくなった。そして倒れ込むようにそのまま固いベッドに転がり眠りについた。

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