冒険者ギルド
不測の事態はあったが、俺達は予定通りタミナスの街へと無事辿り着けた。
元はロムスガルヒ帝国の一地方のトリモーマイ公爵領の領都という事だが、今は神聖タミナスの首都という事になっている。
正教会発行の身分証を門衛に提示するとそのまま街の仲へとすんなり通して貰えたが、黒髪黒目の日本人的姿はやはり異質らしく、出身を問われたので別大陸から港街リューヤンベイに商談で来たのだと告げ、アンデッド災害の後はしばらく正教会の世話になっていたのだと説明した。
アンデッド災害により流入した大量の難民受け入れと奴隷人口の喪失による食料生産量の低下。加えて国家財政と人手をアンデッド領域との境界に築いている壁建設に注いでいるため、どこもかしこも人手不足、どこから来たのであれそれが人間であるならば受け入れるって事で俺達はすんなりと街の中へと入ることが出来た。
俺達が真っ先に目指すのは当初の目的通り冒険者ギルド。
ここで正教会と完全に決別するための新たな身分証を手に入れる。そして当座の生活費を稼ぎ出すこと。
タミナスの街は元は地方の領都といっても広大な土地を持つ公爵家の領都である。門から少し歩ければギルドへ到着という簡単なものではなかった。
とにかく街がどでかい。
道行く人にその都度ギルドの場所を尋ねてようやく辿り着いた頃には昼の鐘が鳴っていた。
「これが本当に冒険者ギルドなの?」
ミヤコが建物の前でそう言葉にするのも理解出来る。一応首都ということになっているこのタミナスの街の冒険者ギルドにしては寂れてこじんまりとした建物だからだ。
扉を開けて中を覗き込むが人の気配を感じない。
「おじゃまします」
広く薄暗いロビーの様な場所を四人で歩き、無人の受付の前に立つと、そこに大きな矢印と文字が示してある張り紙があった。
『御用の方はこの鈴を鳴らして下さい』
俺達は互いに顔を見合わせて鈴を鳴らしてみる。反応が無い…。
もう一度少し大袈裟に鈴を鳴らしてみると、ようやく二階からドタドタとした足音が聞こえて来た。
「はいはいはい~、すぐに参ります~」
階段を駆け下りてきたのは髪の毛ボサボサの赤髪の女史。
服もヨレヨレで何ともいえない頼りなげな風貌、その彼女が一度大きく欠伸をしてから受付に立ち、その場に置いてあった眼鏡を装着する。
「ようこそ冒険者ギルドタミナス支部へ。案内を務めますは当ギルドのギルドマスターデイドラで御座います。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ギルドマスター自ら受付って…他に職員はいないんですか?」
「あははは、いますよ一応。朝と夕の繁忙期以外はいつもこんな感じなんで、それ以外の時間は私が対応しているんですよ」
「これもアンデッド災害の影響ですかね?」
「ああ、そうですねえ。大陸の中央山脈に近づくほど魔物は多く強くなりますけれど、この地域は大陸の端っこの端っこ。魔物被害も殆ど無いのんびりとした場所だったので…、それがあの災害以降生息地を追われた魔物達の流入や最近では吸血鬼被害の多発なんて物騒な事件まで。
パドール王国のギルド本部との連絡も絶たれてもうてんやわんやで、対応する冒険者の数も質も全然足りなくてもうね、全くどうしたものかと…」
散々俺達に愚痴ってデイドラさんははっとなり言葉を改める。
「コホン、え~本日当ギルドにはどのようなご用件で? 魔物の討伐依頼? 護衛依頼? その他雑務の依頼ですか?」
「いえ、冒険者登録を行えないか…」
俺の言葉が終わる前にデイドラさんは受付を飛び出し、俺を無視してトオル、トウマ、ミヤコをふんふんと品定めするようにまとわりつく。
「さあ、すぐに登録しましょう。三人とも順番に並んで下さいね」
「あの、俺は?」
「あなたどうみても三十は超えてますよね。その年で冒険者になるって…、いいですか、あなたの年齢なら冒険者稼業の引退を考えるぐらいが普通ですよ。死なれても困りますから、田舎に帰って畑でも耕して暮らしてはどうですか?」
「まあ、言わんとする事は分かるんだが、俺の年齢では冒険者にはなれないのか?」
「いえ、年齢規定はありませんから可能ですが…、本気なんですか?」
「ああ、挑戦してみようかと」
「そうですか、お勧めはしませんが。いいでしょう一番最後に並んで下さいね」
トウマ、ミヤコ、トオル、俺の順番で冒険者登録の受け付けが始まる。
用紙が勿体ないとかで記入はデイドラさんがしてくれるそうなので、俺達は彼女の質問に答えるだけでいいらしい。
「え~と名前と年齢、性別は男性。それと出身地は大陸外っと。それで天性は?」
「天性?」
「大陸外出身だったわね。天性というのは生まれ持った資質の様なもので、こっちでは成人の儀式の際に教会で一度だけ資質鑑定を受けるのよ。それで職業の方向性を決める人も多いわね」
「調べたことは無いですね」
トウマがそう答えるが、デイドラさんはそれ程大した反応はしなかった。
「天性に基づいて職業選択すれば、その能力が伸びやすいってのはあるけれど、必ずその道に進まなきゃってことはないのよ。あくまで指針みたいなもの。鍛冶屋の天性を持つ人が大工になるなんて普通にあるから、それ程気にしなくても良いと思う。ただ、冒険者になるなら天性に戦闘系を持っていると強いわね」
「そうなんですか」
「冒険者ギルドではこの項目は戦闘系以外は重視しないから気にしなくて良いわよ。無しで問題ない。あとはこの魔道具に手を当てて、あなたの持っている魔力に反応して個人登録が完了よ。さあ、次の方どうぞ」
「魔力…ですか」
ミヤコ、トオルと進んで行きついに俺の番だ。
「名前はリュウセイ。性別は男、年齢は三十五歳…三十五歳ねえ~、三十五かあ、大陸外出身者ね」
「…」
「はい、これで全員の登録が完了です。冒険者カードを出すから少し待ってて。登録料は一人銀貨五枚よ。カードの受け取り時に支払ってね」
俺達は首に掛けるタイプの一枚のカードを受け取る。
記載されている内容も質問項目そのままで、語尾にRFとある。ロムスガルヒ帝国にて登録のFランク冒険者という事らしい。
冒険者ランクの階層の説明と昇格条件、冒険者の権利といったものをその後説明され依頼の受注と報告方法についても簡単に教わった。
「ここで初心者用の戦闘訓練は受けられないかな?」
「一回の指導を銀貨五枚で請け負うけれど、どうされますか?」
「リュウセイさん。あと手持ち銀貨五枚ですよ。訓練受けたら俺達宿泊まれないですよね」
「うむ、残念だがそういう事だ。ここまでの旅で持ち合わせを殆ど準備と路銀で使ってしまったのでな。すぐに受けられる簡単な依頼でもあればいいんだが」
「薬草採取は常時依頼で受け付けていますけれど、それ以外は朝にそこの掲示板に貼り出しますので、その時でないと依頼は出ないですね」
「そうか、ではまた明日来ることにするよ。ちなみにこの近くにお勧めの宿はあるかな」
「この通りの先に『青牡蠣亭』っていう冒険者御用達の安宿がありますよ。それと、中一の鐘でギルド業務は開始になりますので、お待ちしておりますね」
* *
冒険者ギルドを後にした俺達。
「リュウセイさん。なんか併設酒場で荒くれ達が飲んでる賑やかな雰囲気を想定してたんですが、イメージ全然違いましたね。なんかガッカリですよ」
そんな事を愚痴るトオルと違い、トウマは俺に現実的な質問をぶつけてくる。
「もう資金が底を尽きかけていますけれど、冒険者の仕事でどれ程稼げるんでしょうかね?」
「それ程期待しないほうがいいと思うぞ。あの後掲示板を見たんだがな、報酬銀貨二枚程度のものばかりだったな」
「銀貨二枚って、二千円…俺達暮らしていけるんですかね」
「あ~俺、槍無くしたんだった。リュウセイさんどうしよう」
「その事も含めて当面の金策に考えがある。これからそこへ向かう。宿に向かうのはその後だ」
俺が探したのは衣類の仕立屋だ。
俺のナーロッパ的知識では、この世界の衣類は皆古着を普通に買い着るのが主流だが、それでも古着になる前の新しい服というのは少なからず生産され流通している。
新品の服の大半は商家などの金持ち達の需要に応える為のもので、採寸だけしてデザインは職人任せでいくつか作らせその中からお気に入りを何着か購入するのだが、当然、それに漏れた服はお蔵入りとなりいずれは古着として庶民向けに落ちていくというが、品質をはなから落とした庶民用の服も作るっておりそれらは行商人達が街から遠い地域へと売りに行く商材としての需要があるようだ。
だから店頭販売等は当然無いが、仕立屋を名乗る店はどれもプロの仕事をする店という事になる。そこで俺達が着ている服を買い取って貰えないかと考えた。
俺の着ている冬用のビジネススーツ、トウマとミヤコの着ている冬用学生服、トオルの作業着は生地が薄く今ひとつ高級感に欠けるが、それでもこの世界には存在しない生地と縫製技術、見る人が見ればかなりの上物と判断されるに違いないと当たりをつけた。
仕立屋も冒険者ギルド捜索と同じ手順で街行く人々に尋ねながら見つける事が出来た。
薄汚れた外套を着た四人組、最初は訝しげな視線を向けられたが外套を脱ぎ自分達の服を買い取って貰えないかと尋ねるとすぐに店主の目の色が変わった。
結果として俺の予測通り俺達が着るこの世界の安物衣類を買い取り代金込みで俺のワイシャツネクタイとスーツ一式が金貨一枚(十万円)、トオルの作業服が大銀貨二枚(二万円)、トウマとミヤコの学生服がそれぞれ金貨一枚(十万円)で手に入れた俺達。
思った通りの上々の戦果に俺は得意げな顔になり、俺のアイデアをトオルとトウマは絶賛してくれたがミヤコだけは凄まじい程の不満顔だった。
ミヤコの服の査定は女性店員(おそらくは店主の妻)が行ったのだが、ミヤコの下着にまで目を付けて執拗にその買い取りを迫って来たという。
「それでミヤコ。お前の下着に幾ら出すって言われたんだ?」
「ブラとパンツのセットで金貨二十枚(二百万円)だって」
その言葉に俺達三人は口を揃えて叫んだ。
「「なぜ売らないんだ!」」
「嫌よ。身につけてる下着その場で売るなんて…、昭和のブルセラショップかってえの」
「…、お前よくブルセラ知ってるなあ」
「以前、女子高生のバイトネットで調べてたらたまたまヒットしただけって…何よ、ジロジロイヤラシい目で見ないでよ」
ミヤコの着けている下着を確かに俺達は想像して彼女を見ていたので、慌てて三人とも彼女から視線を逸らす。
ともかく俺達はこの世界の人々の着る普段着とかなりの額の当座の生活資金を手にする事には成功したので冒険者ギルド紹介の安宿へ向かう足並みは軽い。
『青牡蠣亭』、ボンデージ着たマッチョな店員だらけの店だったら嫌だな。なんて思っても俺は口には出さなかった。
きっとこの三人には言っても分からない映画ネタだからだ。
そして俺達は一つ大きな事を学んだ。
「異世界で現代女性用下着って物凄く高く売れるんだ」
って事をだ。