表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
5/41

馬車の旅

 西へ七日の距離のタミナス行きの乗り合い馬車が走り出してすぐに感じたのは街道を走っているにも関わらず馬車の振動がすごいという事、とにかくドカンドカンと尻にダイレクトにその振動が伝わってくるため、のんびり馬車旅なんて言ってる場合じゃ無い。

 他の三人の乗客は慣れたもので、各自が尻に何か布の様なものを敷いている。

 俺もそれに倣い外套を脱いで折りたたむと自分の尻に敷いてみた。それで多少はマシになったので、ひとまず安心と表情を和らげると、トオル、トウマ、ミヤコがこぞって俺の真似を始めた。


 外套を脱ぐと俺達の奇抜な服装が目立ってしまう。

 緑色のスーツに青い作業員服と学生服とセーラー服。デザインもまちまちだがその服の仕立てや服の生地はこの異世界ではかなり上質な部類になる。

 冒険者を騙っておきながらのこの風貌、乗客の男女三人にさすがに何者かと問われた。

「他の大陸から商いでやって来たのですが、アンデッド災害に巻き込まれて…」

「なるほどねえ。他の大陸の交易商人達、南の港町リューヤンベイから逃げて来たのかい。そりゃ大変だったねえ」

「ええ、当面は正教会の庇護を受けて暮らしていたのですが、いつまでもそこにいるわけにもいかずに…」


 俺は正教会発行の身分証を見せアンデッド災害の話を織り交ぜながら三人の乗客達に即興の作り話を語って聞かせる。乗客達はうんうんと頷いて俺達に同情の意を示し、女性の一人が持って来ていた果実を剥いて俺達四人に分けてくれた。

 この三人の同乗者からアンデッド災害についての詳しい話を聞くことが出来た。 

 アンデッド災害から一年が経過し、この地域の人心も落ち着いてきたらしいのだが、災害当時は帝国各地から命からがら逃げ延びてきた人々でごった返してそれは大変だったらしい。

 アンデッド災害の発端はロムスガルヒ帝国の大陸南部への大遠征が発端らしく、帝国軍による無慈悲な侵攻は恐怖の死霊術師ネクロマンサースムージーの怒りを買い、何十万という数の帝国侵攻軍は壊滅、彼等は皆生きる屍であるアンデッドの群れとなって大陸北部の帝国領に押し寄せたのだという。

 何十万というアンデッドの群れの前に帝国領の各城塞都市は陥落し、アンデッドは更に数を増して帝国領内を蹂躙、大陸北西部のこの地域だけがその災害から難を逃れて存続したという。

 この地域から一歩でも外に出れば、そこは何百万という数のアンデッドと魔物が跋扈する地獄の世界が広がっているのだそうだ。

「何て恐ろしい世界に来てしまったの。帰りたい…」

 同乗者三人話を聞いてミヤコが震え上がる。トウマが彼女を抱きしめたのでミヤコはそれ以上騒がなかったが、馬車の中はしんみりとした空気になってしまった。


 突然停車する馬車。

 何事かと御者台に向けて声を掛ける乗客達。だが御者台から御者の姿が消えていたためざわついたが、すぐに御者が荷台に顔を覗かせニッコリと笑った。

「すみませんね。野ウサギを見かけたもので、ちょっと仕留めてきました。このご時世、食べ物は貴重ですからね。今晩の食事にはこのウサギ肉を皆さんにも振る舞いますよ」

 ウサギ肉と聞き、同乗者三人の顔がわっと明るくなる。

 簡単な処理をして御者台の横に射止めたウサギを吊し、血抜きしながら馬車は街道を進んで行く。途中何度が馬車が止まり、その都度新たな獲物が御者台横に吊り下げられていく。

 この御者、弓の腕が凄まじく良い。


 日暮れ前に馬車は街道沿いのニーアという村に到着。

 村の入口側に馬車を停めて旅の一行はその場で野宿する事になった。土地の領兵や正教会の神聖騎士団が巡回する街道沿いであっても危険は伴う為、出来るだけ町や村の側で一夜を明かすのが普通なのだそうだ。

 御者が獲物の処理をするのに村の中へと入って行ったので、火起こしや煮炊きの準備は自分達でやる。

 村の周囲から焚き木を集めて来て同乗者の三人が火を焚いたので、俺達はその横の方で小さな石竈を作って分けて貰った火に鍋を掛けて晩飯の調理を開始する。

 宿の女将に習った俺が調理担当、保存食を使ったスープに挑戦してみる。

 各自の飲み水を等分鍋に入れ、ナイフで細かく刻んだ干し肉としなしなになった野菜屑を塩を少々加えて暫く煮込む。湯が沸騰したら香草を両手でグシャグシャに揉み合わせて香りを出してから鍋に放り込む。暫く待って完成っと簡単なものだ。

 水の補給は村の井戸を使わせせて貰えるそうなので、ケチらなくてもよさそうだ。

 隣で材料を出し合って調理している三人も、どうやら俺達と同じ物を作っているみたいだった。

 味の方は薄い塩水といった感じでお世辞にも美味いものじゃ無い。だが野菜クズとふやけた削った干し肉の具で何とか食べ物には見える。 


「その調理したスープ、まだ食べないで下さいね」

 村に行っていた御者が香草の葉っぱに包んだウサギ肉を二つ持って戻って来て、火の下の方にそっと入れる。しばらくしてそれを取り出し黒く焦げた葉っぱを剥くと、蒸し上がった出来上がりのウサギ肉の塊が現れる。

 御者はそれを一つづつ俺達の鍋の前にも持って来てウサギ肉の塊をギュッと絞って出た肉汁を鍋の中に注ぎ込んでいった。

「この肉汁を入れるとスープが格段に美味くなるんですよ」 

 御者の言う通り肉の油の浮き上がったスープの味は、薄い塩水から格段に進化した。これには同乗者の他三人も目を丸くして喜んでいる。

 四人分にスープを分けて木椀に注ぎ、個人個人でカビの生えたカチカチの黒パンを取り出し、ナイフでカビの部分を削りながらパンクズになったまともな部分をスープの中に落とし込んでふやかせる。

 そうする事で少しは腹に溜まる食事になるって訳だ。

 俺の作業を見よう見まねで真似するトオル、トウマ、ミヤコの三人。御者はウサギ肉を小さく刻んで何本かの串焼きを火に掛けている。

 串焼きが焼けるとそれを俺達馬車の乗客全員に一本づつ分けてくれた。

「美味い」

 香草の香りが獣臭さを消し程よい塩加減が食欲をそそる。俺達はその肉に夢中でかぶりついてあっという間に平らげた。

「こんなご時世、皆で助け合わないとね」

 御者は俺達が美味そうに串焼きを頬張る姿をそう言いながら笑って見ていた。


 食事が終わり、洗い物の片付けは翌朝日が昇ってから近くの小川でするという事で、その役割は同乗者の三人の乗客が引き受けてくれた。

 その代わりとして俺達に与えられた役目は夜警だ。

 目立った武器を持つのは俺とトオルの二人だけ、夜は二交代で前半は俺とトオルの二人で火の番、そして後半は御者がそれを引き継ぐという事になった。

 

 寝床は地面の土を盛り上げて枕を作り、その上に布を引いて敷布にして寝るというシンプルなもの。

 二カ所の焚き火を囲んでそれぞれが寝る訳だが、時節は冬、火の側で外套に包まってトウマとミヤコは抱き合ってお互いの体を温めながら寝ていたが、この世界の住人達は強い。

 敷布一枚の上にそのまま寝転んで平然と寝息を立てている。


 夜警と言いながらも俺とトオルの二人は夜の寒さに火の側から離れられないでいる。

 最初は何気ない会話をしながら時間を潰していたが、疲れもあるのだろう、トオルがうつらうつらとし始める。

 俺は立ち上がり頬を打つような夜風に当たって目を覚ませながら馬車の周囲を一回りしてはまた火の前に腰を下ろすという作業を繰り返してただ時が過ぎるのを待った。

 深夜の交代時間になったのか御者が起きて来て火の前に座った。

「交代には少し早いのですがね」


 焚き火の横で丸まって完全に眠りについているトオルを見ながら御者が俺に苦笑してみせる。

 俺は冒険者と偽って運賃を値切事を事をこの御者に素直に詫びた。

「実は俺達、これから冒険者登録する為にタミナスの街に向かうんです」

「そうですか、移動中に荷台の会話を小耳に挟みましたし、野営の準備も素人でしたからね。冒険者では無いというのはすぐに分かりましたよ」

「全く、面目ない」

「いいじゃないですか、人それぞれ事情はあるものです。こんなご時世、生き残った人々だけでも協力して生きて行かないとね」

 この御者、心の大きな人なのかとも思ったが、彼にも後ろめたい事情がある様だった。そして火を囲みながら彼はそれを俺に少しだけ話してくれたのだった。


「私はねリベルソっていう街の兵士だったんですよ。アンデッドの大群が襲った二番目の街のね。私はアンデッドの群れと戦わずにそこから逃げた脱走兵、この地域に逃げ延び路頭に迷っていた所を丁度乗り合い馬車の御者の欠員募集の公募が出ていたので、希望しました。

 人々を守るという義務を放棄して逃げた私でもこれからの人生、せめて何か人の役に立てないかと思いましてね」


 元兵士、それなら御者のあの弓の腕前の説明もつく。きっと彼は俺達より遙かに剣も槍も使うのだろう。俺は彼に尋ねてみた。


「俺…いや私はアンデッド災害の実情をあまり知らないのですが、宜しければ少しその時の様子を少し教えて頂けませんかね」


 俺のこの興味本位の不躾な問いに御者は少し躊躇った様子を見せたが、それでも火を見つめながらポツポツとその時の様子を語り出した。

 アンデッド災害と一般的には言われているが、それは災害などではなく実際には巨獣に乗ったスムージーを名乗る凶悪な悪魔に率いられたアンデッドの軍による帝国領への侵攻であった。

 帝国によって虐げられていた奴隷解放を各街に通告しながら進軍する地を埋め尽くす程のアンデッドの群れ、アンデッド討伐軍到着までの時間を稼ごうとリベルソの領主代行はスムージーに交渉を持ちかけたのだという。

 城壁の中の女子供達数百人を城壁上に並べ、「大量の女子供の居る可愛そうな街であるから、住民退避までの時間的猶予を頂きたい」とである。

 結果、スムージーは何万という数の女子供のみの姿をしたアンデッドを差し向け「彼等の姿を哀れと思うのならその前に身を捧げよ」と城壁内に通告した。


「街の城壁を波の様になって乗り越えてくる何千何万もの女や子供達のゾンビの群れ、反対側の城壁に詰めていた私はその光景に恐ろしくなって逃げ出したんですよ。最初に被害に遭ったアントレーの街からの避難者を大量に抱え込んでいたので帝国人の被害は凄まじい数に上りました。そしてその人々も皆スムージーのアンデッドと化した」


 御者は焚き火の前で拳を握りしめる。

「妻も息子も置いて私は一人逃げたんです。私は人々を守る為に兵士の仕事を選んだのに…」

「すみません。私が聞いたばかりに辛い事を思い出させてしまいましたね」


「ああ、ええ、いえ、いいんです。私は思うのですよ。こんなご時世だから私達は協力して生きて行かないとってね。そして話してみて改めて私は思い出しました。今度こそは人の為に働きたいと馬車の御者に志願した事をね」


 俺達の声を耳にしてかトオルが目を覚まして目を擦りながら起き上がる。

「ああ、すみません。俺寝ちゃったみたいで」

「大丈夫だトオル、寝てていいぞ」

「そうっすか、じゃあそうします。ふあああ」


 俺と御者の二人はそんなのんきな姿のトオルを見て笑った。

 交代しましょうと言われたのでありがたく俺も寝床につくことにした。

 巨獣に乗る悪魔スムージー率いるアンデッド軍による帝国侵攻、この一見平和に見える風景の外の世界にはそんな凄まじい悪魔のいる世界がある。

 俺達はいずれその世界に出て行くことになるのだろうか?

 だが、まず俺達に必要なのはこの世界で生き抜く術を得る事だ。一つ一つすべきことを頭の中で思い浮かべているうちに、俺の意識もいつのまにか闇の中に飲まれ眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ