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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
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赤い空の下で

 トウマが逃げた方角へとただ真っ直ぐに進むミヤコ。

 駆け出した足は歩みに変わり、肩で息をしながら息を整え、それでもなお歩き続ける。トウマの姿は遠目にももう見えない。でも歩き続けるしかない。今を逃したらきっと二度と彼に会えないと、そう思うから。

 水筒の水を顔から浴びて僅かばかりの携帯食を口にする。そしてミヤコは歩みの終着点に到達した。


 神聖タミナスをアンデッド災害から守るという目的で未だ建設途上の城壁。ここが国境線であり人間の国と魔境との境でもある。

 普段なら数人から数十人の人足達が所々に配されて仕事をしている筈だが、この不気味な赤い色をした空の影響なのか、今日仕事をしている者は誰も居ない。人足達が恐怖で逃げ出し、ただうち捨てられた無人の労働者キャンプがそこにあるだけだった。

 食器や道具類が散乱したままの中をゆっくりと歩くミヤコ。

 ふと見上げた先に人型のシルエット。城壁の上に腰掛け、ボロを纏ったトウマがその赤い瞳で彼女を見つめていた。

「トウマ」

「待っていれば必ず来ると思っていたよミヤコ」

「トウマ、トウマ、もう何処にも行かないで。私と一緒に…」


「だめだミヤコ。君も見ただろう。僕が君の仲間を襲い殺す姿を。僕のこの体は血の乾きには抗えないんだ。自分を見失い人間を襲い喰らう存在になる。もうどれ程の人を喰ったか…。それが今の僕なんだよミヤコ」


「それでも…」

「それ以上僕に、俺に近づくなミヤコ」

 トウマはそう懇願しながら近づいてくるミヤコを制止する。


「これまでに多くの仲間の吸血鬼達が狩られた。もうこの国に吸血鬼は殆ど残ってはいないはずさ。俺達がなぜあんな所に隠れていたと思う? この国を捨てアンデッド災害を超えて南へと逃げようとしていたからなんだよ」


「南、この大陸の南って事?」


「中央山脈を超えた先には大きな人間の国がいくつもあるって聞いた。ここ神聖タミナスは吸血鬼が隠れ潜むには狭すぎる。それになぜか正教会は魔物の中で吸血鬼だけを目の敵のように執拗に追いかけてくるしね。だけど南へと向かうには問題が二つあった」


 トウマが立ち上がり赤い空を見上げ、そして南の方へと腕を伸ばしてミヤコに言う。


「一つ目がアンデッド災害と言われる城壁の外に群れるアンデッドの大群。俺達吸血鬼があれを超える事は可能なのか? 可能だったよ。ゾンビもグールも俺達吸血鬼が近づいても敵意を示さなかった。ただ、空に浮遊するリッチと呼ばれるボスだけは敵対行動を取り、その時だけはゾンビやグールも俺達に牙を向けてきた。あのリッチだけをやり過ごせばアンデッド災害は脅威で無い事は分かった」


「もう一つは何?」

「そう、もう一つの問題の方が重要だった。この世界の太陽の存在。俺達下級吸血鬼は日光を浴びるとたちまちのうちに燃え尽きて絶命してしまう。アンデッド災害を避けながら日の当たらない場所を確保しながら移動出来るのかが問題だったんだ。それであの村でずっと足止めを受けていた」


 トウマが天を仰いで嬉しそうに答える。

「この血の様に赤い空を見てご覧。この空の下では俺達吸血鬼は燃え尽きない。この空がいつまで続く現象なのかは分からないけれど、これは俺達に与えられたチャンスなのだと思う。だから僕、いや、俺は今から旅立つ事にする。ここでお別れだよミヤコ」


「嫌よ。ダメよそんなの」


「現実を見るんだミヤコ。俺は人間を糧に生きる魔物で、そして君は人間なんだよ。互いがこの世界で生き残る為には別々な道を進むしかないじゃないか。それが互いの為でもあるんだ。だから俺は今君と完全に決別するよ。さようならミヤコ。それだけが言いたくて君をここで待っていたんだから」


「さよならじゃない。そんなの私は認めない」


「いずれ分かるときが来るさ。認めなければならないとね。ミヤコ、もう会うことは無いと思うけれど、その時は俺と君とは魔物と人間、敵同士という事になる」


「何でそんな事を簡単に、笑いながら言えるの。何で…」


「何でだろうね。そうだね。人を喰った時も全く罪悪感というものも覚えなかった。普通に日々の食事を口に運ぶ様な感覚かな。そして君に抱いていた特別な感情というものも、もう殆ど無いみたいだ。ただそこに人間という存在が立っている程度にしか実はもう感じていないのかもしれない」


 ミヤコはトウマの話す余所余所しい口ぶりやその泳いだ目の動きで彼が今嘘を言っているという事を直感敵的に感じ取っていた。事実その通りでトウマは未だ自分を探していたミヤコの姿に驚き、そして彼女が自分に近づけば待っているのは悲劇的な結末だけである事も自覚しているため、冷淡を装いながら彼女を必死に突き放しているのである。

 ただ、年若く人間の男としての経験値の低いトウマは気付いていないのだ。女は男の嘘を簡単に見破る生き物だという事を…。


「じゃあねミヤコ。君は君の人生を生きるんだよ」

 そう言い残してトウマは城壁の向こう側へと姿を消した。慌ててそれを追いかけ、近くに落ちていた梯子を壁に押し当て城壁へと登って行くミヤコ。

 だが、ミヤコが城壁に立った時にはもう何処にもトウマの姿は見当たらず、吹きすさぶ風に乗って大量のゾンビ達の悲しげな「オオオオオ」という叫び声だけが聞こえてくる。

 

「一人で勝手な事ばかり言って。置いて行かないでよ。私をもう一人にしないでよ。トウマ、トウマ」


 その場で貯め込んだ感情がついには爆発したミヤコが大声でトウマの名を三度叫ぶ。



 ゾンビやグール達の歩みの中をすり抜けるように走るトウマの背に聞こえる自分の名を呼ぶミヤコの声。

「ミヤコ、ミヤコ、ごめんね」

 トウマはそう呟いていた。

 吸血鬼は決して冷酷な生き物では無く感情豊かな魔物である。ただ、生前の人間として生きた環境が劣悪で性格の歪んだ者やその力に溺れて人間を見下す傲慢な存在が比較的多いというだけである。本来であれば上級吸血鬼に依存しその感情を表に出すことは無いが、トウマは上級吸血鬼の支配から外れた野良の下級吸血鬼である為、自身の感情がそのまま表に現われているのである。

 吸血鬼は涙を流さない。機能として必要が無いため涙腺というものが存在しないからである。でもこの時トウマは泣いていた。赤い血の涙を流して彼は泣いていたのである。


          *          *


 大空を赤く染める異変。

 この天変地異を恐れた神聖タミナスの人々は正教会総本山セリムテンプルへと救いを求めて押しかける。正教会側もこれに対して何らかの対処を行わねばならず、政治的宗教儀式である『破邪の儀式』を執り行なうことを決定。多くの神聖魔法の使い手が集い結集した魔力がセリムテンプル全体を神々しく光らせたのである。

 時を同じくして復活した邪神と対ししていたユキは邪神が生み出し続ける異形の魔物の大群の侵攻を食い止めるべく大元帥リッチコイワイに命じて大陸北部全土に放っていたアンデッドの大軍団の出撃を命じ、北大陸のアンデッド軍団の東への大移動が開始されるのである。


 この二つの事象が偶然にも重なり、神聖タミナスを取り囲んでいたアンデッド災害があたかもその『破邪の儀式』によって取り除かれたとその国の人々は信じ、正教会へのより一層の信心と支持の輪が広がっていく。

 この事は貴族達と正教会とで行われててきた政治的な主導権争いを表面化し、長大な壁建設による重税に苦しむ人々は正教会の呼びかけに応えて武装蜂起、神聖タミナスは内乱状態へと陥る。


 そんな混乱の最中にある神聖タミナスを捨て、ミヤコはアンデッド災害の消えた大陸北部の荒野を一人歩いていた。 

 そう、彼女はトウマを追ってついに大陸南部へと向けて旅立ったのである。


「分かってる。分かってるんだから」


 愛を拗らせたミヤコはトウマという固有個体の吸血鬼を追い求めるバンパイアハンターならぬバンパイアストーカーと化していた。




 数ヶ月後、宗教都市ロポッサワ。

 風の噂に復活した邪神が滅んだと耳にした。そして既に昼夜の境を無くした赤い空は消え去り青く澄んだ空が天には満ちている。

 サフィオ王国の王都リザッテが邪神の打ち込んだ『柱』なる存在の被害からの混乱を乗り越え復興へと動き出している頃、ミヤコはロポッサワ中心街の裏通りにある路地の一つにある建物の扉を叩いていた。


万屋よろずやニクの店』


 知る人ぞ知る冒険者ギルドや盗賊ギルドが取り扱わない裏の仕事を専門に請け負う妖しげな店。吸血鬼事案に特化した解決力を誇るとも、その店の店主は人ならざる存在であるという噂も…。

 妖しげな道具類が並べられた店内へと入店したミヤコを迎えたのはカウンター席に座る妖艶な美しい女性。彼女は座っている様に見えたが、下半身が人では無く八本のタコ足を持つスキュラという魔物であった。


「いらっしゃい。それでお嬢ちゃん、どんな依頼内容かな?」

「ここで従業員を募集しているという張り紙を見つけまして…これです」

「へえ、張り紙を手に入れてわざわざうちにやって来たのかい。物好きな…というか、そうだね。うん、嬢ちゃんはうちが求めてる人材って事だね。ちょいと待っていておくれ。今、店主を起こしてくるから」


 スキュラがその巨大な下半身をうねうねと動かしながら店の奥へと消えていく。

 彼女がミヤコを物好きと言ったのには理由がある。ミヤコが持ち込んだその募集広告が貼られている場所は特殊な場所で、ダンジョンの中であったり盗賊のアジトであったり、吸血鬼の巣と噂されている様な所だったからだ。

 しばらくして店の奥から顔を覗かせたのは透き通るような青白い顔をした若い男性。その独特の風貌からその男性の素性を見抜いてもミヤコは動じることは無かった。

「ここの主のニクだ。それでお嬢ちゃんの名前は?」

「ミヤコです」



 同じ頃、宗教都市ロポッサワを取り囲む城壁の南城門を一台の馬車が通り過ぎていった。

「やっと到着しましたねリュウセイさん」


「ああ、途中ちょっと寄り道しすぎたが、ポーション販売でボロ儲け出来て馬車も一台手に入れる事が出来た。まあ、結果オーライって奴だろうさ。オリビアには怒られたがな」


「当然だ。新生パドール国であふれていた傷病兵の姿を見てボーナスタイム? とか言って二人ともはしゃぎ回っていたからな。意味は分からないが不謹慎な感情を抱いていたって事は分かったよ」


「このまま、すぐにリンちゃんに会いに行くんですか?」

「いや、まずは拠点となる場所を見つけて落ち着こう。リンには特に何か用事があるって訳でもないし、彼女に頼るつもりもないからな」

「じゃあ、ついに始まるんですね。俺達のキャバクラ開店への第一歩が」


「キャバクラ? キャバクラとは何だリュウセイ?」

「ゴホン…薬屋みたいなもんだよな、な、トオル」

「そうですね。けっ決していかがわしい店とかじゃないですよ。オリビアさん」

「…怪しい」


 ミヤコがリュウセイ達とほぼ同時期に宗教都市ロポッサワへと到着したのにも理由がある。

 旧帝国領の自力での横断にかなりの時間を彼女は労したものの、ファータル王国から馬車に乗り一直線でサフィオ王国経由で宗教都市ロポッサワへと至った彼女と異なり、サフィオ王国で起ったドワーフ皇国との戦争の噂、そしてその後に落ちて来た邪神が降らした『柱』によって王都リザッテが甚大な被害を受けたことを知り大幅にルートを変更、リュウセイ一行は結局新生パドール国経由で宗教都市ロポッサワへと入る事になり、当初の予定より二ヶ月近く遅れての到着になってしまったからである。

 リュウセイ、トオル、ミヤコ、トウマの四人の人生が、大陸南部の新たな舞台となる宗教都市ロポッサワで再び交わろうとしていた。

 最後ちょっと強引な形でまとめましたが、ここまでを『片隅で』の第一部とさせて頂きます。第二部『南部大陸編』は邪神を倒したユキが眠りについた空白の二年間の頃のお話とする予定です。

 現在本編の方の準備を優先しているのでこちらの方は本編第五部終了後になるのかな? 年内は無理そうですね。気長にお待ちください。  

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