魔族
ファータル王国軍の尖兵として魔の森を進む冒険者傭兵団。
普段は組まない連中がひとまとまりになっていることで、色々な思惑が隊内で交錯している。
かなりの危険地帯を進むのに加えて傭兵とは名ばかりの強制徴用部隊は本来士気が極めて低いのだが、一応倒した魔物の素材などは余力があれば回収するので、物資を乗せて引いてきた荷車の空になった車に乗せた分は持ち帰れば臨時ボーナスという形で手元へと戻って来るという仕組みになっている。
そんなわけで魔物を相手にしている限りは普段の仕事の延長上と割り切り、稼ぎに励んでいる者もそれなりにはいる。Aランク冒険者クラスが倒した魔物素材の価値に声を上げる者、生き残る事をまず考える者と様々だ。
そして俺とトオルの二人も『生き残る』事をまず第一と考えている。
当初は苦戦を強いられた魔の森の魔物であったが、襲ってくる種類が限定されてくるとそれなりの対処方法も生まれてくる。大型の魔物に至ってはAランクの二パーティーによる陽動と攻撃組とに分けることであらかた片づくようになった。
一番面倒なのが、数の多いヘルゴブリン。
ゴブリンという生き物は超武闘派で、ある程度の数が群れると狂戦士の如く格上相手であっても戦いを挑んでくるからだ。
早朝、いきなり後続のファータル王国軍の野営地方面から火の手が上がった。
Aランク冒険者パーティー六つから成る作戦本部。
一応軍監としてファータル王国軍の将校が同席してはいるが、概ねの事は冒険者側で決めることが出来るようだ。俺とトオルは遊撃隊という事でこいつらと同じ場所にいるので、この会議をオブザーバー的な立ち位置で見ている。
後続のファータル王国軍が動けない状態での俺達の前進は無いため、会議はここで待機して様子を覗うかファータル王国軍の元へと向かうかで意見が割れた。
侵攻ルートの魔物は俺達が除いているので、あの炎は魔族軍の敵襲によるものと判断される。
ファータル王国軍が敗退か後退すれば俺達はこの場で孤立する。結果、全軍を以てファータル王国軍の救援に向かう事に決定した。
物資を守りながら反転する足の遅い隊を一部残して急ぎ俺達は立ち上る炎と煙の方へと引き返す。森の中を走りながら上空を移動する鳥の様な生き物のの群れを俺は見た。
「あれは、カラス天狗?」
その姿はくちばしを持った背から翼を生やした人間。それが空を飛んでいたのだ。気付いた他の冒険者が声を上げる。
「魔族だ。上空に魔族」
俺達の軍はその場で停止し防御陣を組む。だが魔族と呼ばれた彼等はそのまま俺達の後方地へと飛び去って行く。
俺達がファータル王国軍の野営地へと辿り着いた時には既に戦闘は終わっており、負傷者の手当や被害状況の確認の為に兵士達が走り回っていた。
俺達もすぐに治療活動と周辺警戒に努めたが、冒険者傭兵団の本営に絶望的な知らせが届く。切り離して置いてきた二百名から成る物資輸送隊が上空からの魔族軍の奇襲を受けて壊滅したというのだ。殆どの荷は焼かれ、逃げ延びた者も散り散りとなっている。
「すれ違ったあいつらか。姑息な事をする」
俺達付きの軍将校がそう口にするが、大軍の補給を断つのは戦略としては有効。
叩けるときに叩くのは戦の常道ってやつだろう。後の祭りってやつだが、援軍を優先し輸送隊を切り離したのは失敗だった。
ファータル軍と合流してようやく対する相手がどのような連中かを俺達全員は知ることが出来た。奇襲を仕掛けたのは魔族の中でも有翼種に部類される連中で、百名程の部隊にファータル軍は奇襲された。
加えて敵将は去り際に「魔国第二軍団の軍将『赤き翼』のガルダリ」とまで名乗っていったという。
敵指揮官自らが前線に出てくる魔族軍。
一方は俺達冒険者を盾にしながら油断しきったファータル王国軍である。空からの奇襲で完全に虚を突かれた形になったわけだ。
二重遭難の可能性がある為、壊滅した冒険者輸送隊の生き残りの捜索は断念し、俺達もこの場で五千のファータル王国軍と共に今夜はここで野営する事となった。
今日襲って来た連中は鳥の様な姿をしていた事からファータル王国軍は「夜襲は無い」と判断した様で通常警戒であると告げられた。
魔族であれ魔物であれ、それらは自然の動物の習性や能力を受け継ぐものらしく、鳥に近い者は夜目が効きにくいらしいのだ。
だがすでに軍の四分の一近くを失っている俺達冒険者傭兵団の作戦本部は彼等のそんな判断を「甘い」と評して警戒レベルを引き上げる。
根拠は単純、砦には二千はいるという魔族軍。百が鳥だったからといって、他が全てそうとは限らないという事だ。
今夜は軍の半数は起きて見張りの二交代での警戒。
そして俺とトオルの二人も、最初の見張りに就く。
「ねえリュウセイさん。こんなので本当に魔族の砦まで辿り着けるんですかね」
「南の方じゃパドールとかいう国の軍が十万も派兵して派手にやり合ってるらしいし、北のリーン王国の動員兵力もかなり多いって話しだ。そっちが有利となりゃ、何とかなるかもしれんぞ」
「本当にそうですかねえ。心配だなあ」
「俺達冒険者の仕事は軍の先導役、砦まで無事この軍と後続の本隊を導く事だが、未だ道半ばって感じか。さすがに砦攻略に参加する人数はその頃には残っていないかもしれんなあ」
「俺、嫌ですよ。こんな見も知らぬ愛着の無い国の戦争で戦って死ぬなんて」
「ああ、俺も同感だ。まあ一ヶ月もすりゃ休暇が取れるって話しだし、戻れればイーサンが脱出する手筈を整えてくれているはずだ」
「俺はムチムチの獣人娘かエルフのお姉さんとエッチするまで死ねないっす」
「おいおい、獣人娘ってロロルには手だすんじゃねえぞ」
「あれは小娘って言うんです。俺はロリ趣味じゃないんで、もっとこうばいんばいんってのが…あぶぶ」
俺は前方の森の中に何か嫌な気配を感じてトオルの口を塞いで二人腰を屈め、指を一本立ててトオルに静かにしろとハンドサインを送る。
またヘルゴブリンの群れ? そうではなかった。明らかに大きな影が幾つか動いている。突如方々から獣を思わせる様な咆哮が上がり、敵襲を知らせる発光弾も同時に各所から上がっている。
「夜襲だ。構えろ」
そう俺達の所属する隊の隊長格が声を上げるのが聞こえた。すぐに俺とトオルの横を沢山の獣の様な何かが駆け抜けていき、そして俺とトオルもその何かに襲われ剣と槍で斬り結んだ。
でかい。でかくて筋肉質なマッチョな兎人間。
俺より身長の高い、二メートル半はありそうな背丈の兎人間が幅広の刃の付いた長柄を俺目がけて振り下ろしてきたのだ。
俺は剣でそれを弾き飛ばし、トオルは槍に巻き込んで逆に相手の胸に槍を突き込んでみせる。闇夜の乱戦である、俺とトオルはもう互いを見つけるのも難しい状態の中で戦っていた。
乱戦の中で三匹か四匹のでかい兎人間と何度か斬り結び、傷は負わせたはずだがどれも殺ったという感覚は無かった。
そうこうしているうちに魔術師達がライトの魔法を方々で上げ始め、野営地全域が昼のような明るさになっていくと、夜襲を仕掛けてきた兎人間達は森深くへと姿を消していく。
「あれが魔族か…」
俺のそんな言葉に隊長格の男が首を振ってみせる。
「あれは魔族の亜種ってやつだ。本物の魔族は青い肌の人の姿をしている。獣の様な奴らも強いが人型の魔族は膨大な魔力を持つ者が多い。そして特異固体として変異種と呼ばれる化物がいる。変異種と遭遇したら逃げろ。そして本物の魔族に遭遇したら魔法攻撃に気を付けろだ」
翌日からは俺達も軍と一緒に行軍するという運びとなった。
遭遇する森の魔物達の討伐は俺達が担当し、魔族軍にはファータル王国軍が対処するという役割分担だ。壊滅した輸送隊の横を通り過ぎながら俺達は前進を続ける。
それから二日後、魔族軍と正面からやりあったが、俺達は後方待機で魔族軍とはファータル王国軍が槍を並べた軍列で当たり、それを見事に撃破してみせる。
ファータル王国は魔法王国とも呼ばれ、魔法部隊がその主力となる様だが、魔術師のいないこの前衛部隊も油断さえしていなければ中々に強かった。
未だ本物の魔族と呼ばれる者に俺もトオルも出会ってはいない。
俺達の軍は破竹の勢いで前進し、共同行軍四日目にしてついに物見が魔族軍の守る砦を視界に入れる位置にまで到着する。
迎撃に出てくる魔族軍は数百。それに数千の軍列で当たるファータル王国軍。
俺達冒険者傭兵団は遊撃隊という形で軍の右翼に配され、機を見て敵の側背を突くという役目を担い待機している。
「ここが陥ちれば、冒険者傭兵団もお役御免という契約だ。トオル、どうやら生きて帰れそうだぞ」
そう俺はトオルに声を掛けていた。
先の戦闘で魔族軍はかなりの数を減らしている。迎撃の軍と砦の軍を併せても一千程度、対して俺達は六千を超える軍、そして一日か二日遅れで後続には主力の二万の軍が続いている。
どう考えても負ける要素が見当たらない。等と甘い事を考えていた。
そして俺達の前に本物の魔族が現われる。
砦と俺達の頭上を突如として包む七色の輝き。それは敵対的な破壊はもたらさぬものの、戦場に何か異様な空気の変化をもたらしたのである。
魔族軍の砦から湧き上がる天を突かん程の歓声。
それと共に聞こえてくるのは歌、女性達の歌声。その歌声は俺とトオルには元の世界のアイドルソングの様にも聞こえた。
「冒険者傭兵団、前進」
号令がかかり俺達は敵軍の側面を粉砕すべく移動を開始する。
だが、誰もが気にするのは砦の方から聞こえてくる女性達の歌声である。
そして森が少し開けた場所から見えた砦の空の上で、翼を広げた数百のミニスカート姿の魔族女性達が歌い踊り狂っている姿を俺達は目撃するのである。
その後、すぐに戦場は地獄と化した。




