徴兵
俺とトオルとロロルの冒険者組と貴族の娘オリビア・ベーンハイトとその家の使用人であるメイドシャロンの五人旅は続いている。
俺達が向かうのはファータル王国の王都。
政争であるのかは未だ謎だが、命を狙われる可能性のあるオリビアを一時避難させる為、ファータル貴族にして剣聖道場の兄弟弟子イーサンに彼女達の身柄を託すのが目的だ。
軍籍に身を置く彼女の兄が急ぎ帰郷するそうなので、実家の方は彼女の母と兄の二人で立て直すだろうという事だが、あくまでも大事を取ってという事らしい。
突然の父の死に悲しみに暮れるオリビア、だが彼女の専属使用人として雇われたばかりのメイドシャロンも不幸が重なった。
ゲーテル子爵家の使用人であったシャロンであったが、トオルの正義感溢れるおせっかいによって職を失い、俺達の伝手で何とかベーンハイト伯爵家の使用人として新たな出発を遅れるはずだった矢先にこのような事態になってしまったからだ。
その場で職を辞して去る事も出来たのだが、彼女は俺達に、オリビアに付いて来た。
この事についてはオリビアも旅の途中に「それで良かったのか?」と彼女に尋ねたことはある。だがシャロンは拳を握りしめて力説する。
「伯爵家使用人というおいしい肩書きは絶対に将来の自分の為になる。いえ、してみせる。絶対に手放しませんよ」
シャロンは俺達が思うよりもずっとしたたかで強い心の女性だった。
ファータル王国の王都ヘリソン。
正直、俺とトオルの二人はこの国とは距離を取りたい過去がある。まあ冒険者ギルドや夜の酒場などへと顔を出さなければ、数少ない顔見知りに出会う事も無いだろう。
一応、オリビアとシャロン、ロロルの三人には俺達二人がこの国では重犯罪者として指名手配されていたという事は告げ、今でもそれは解除されていないだろうから慎重に行動する必要性は伝えてある。
だが王都ヘリソンの門へと入るや否や、全く想定外の問題に俺とトオルはぶち当たる。
「ふむ、Cランク冒険者か。本日中に冒険者ギルド本部に出頭せよ」
そう門衛より告げられたのである。
「緊急招集って何ですかねリュウセイさん」
「冒険者登録している者は絶対に従えって命令じゃないかな。ともかく先にイーサンを訪ねた方が良さそうだ。この国の情報が欲しい」
リーン王国伯爵家の子女のオリビアの名と、剣聖道場卒業生の証しの提示は絶大で、貴族街へはすぐに入る事が出来た。
目的のランド子爵家。剣聖道場の兄弟弟子にしてこの家の次男、イーサン・ランドは俺達五人を快く迎え入れてくれた。
冒険者ギルドへの出頭が迫っているので、あまりのんびりとはしていられない。すぐに俺達はイーサンからこの国の情報を引き出す。
「魔国との戦争だよ。すでに南の新生パドール軍は魔の森にて魔国の軍と交戦状態。軍事同盟を結んでいる我が国にも再三の出兵要請が来ていてね。とりあえず形ばかりの兵をまずは送ることになったみたいなんだけれど…」
「その一つが冒険者達で作られる傭兵部隊って事か。つまり今回の緊急招集ってのは徴兵の事か」
「その様だね。魔の森で一番恐いのは魔族の軍よりもそこに生息する魔物達。
軍の犠牲を抑える為にもまずは冒険者の軍で魔物を減らしておこうって判断なんじゃないかな?」
「それって、貴族の力とかで取り消したり出来ないのかな?」
「事前工作する時間があまりにもなさ過ぎる。それにうちの兄上も後続の本軍の編成の方に組み込まれたし。ファータル王国は国家を挙げて魔国に戦争を挑む準備を始めてしまっている。私は家名維持のスペアとして残ることは残されているけれどね」
そうなると俺達は冒険者ギルドに出頭した途端に問答無用で兵に取られるって事だ。Cランク冒険者二名の来訪と名前は門衛よりギルドに伝えられているはずだ。だから出頭せずにいると細々と調べられて犯罪者というのがバレるかもしれない。
兵役に就くという事はその期間は一年とかになるのかな? ともかくしばらく戻って来ることは出来なくなるわけだ。
そうなると問題はロロルについてだ。
俺達と離れると奴隷首輪の呪いが発動してしまう。かといって一緒に戦場に連れて行ける筈もないので、彼女とは一度ここで別れる必要が出てくる。
「大丈夫だよリュウセイ。うちでちゃんと面倒を見ておくから。それにもし休暇などで戻れるような事があれば、次は従軍しなくて良い様に手を回しておくよ」
イーサンがそう言ってくれるなら大丈夫そうだ。オリビアもシャロンもいる。
「ロロル、しばらく別れることになるが我慢してくれ。俺達は必ず戻って来るから」
ロロルは泣かない。泣けば何でも願いが叶う訳じゃ無い事を彼女はもう学んでいる。ただ泣いているだけでは得るものよりも失うものの方が多い事も。
「約束…してください」
「ああ、いいとも。絶対に帰って来る」
ロロルとは俺もトオルも短い言葉を交わしただけだが、それでも互いを大切に想う心は通じたと思う。俺はオリビアとシャロンにも彼女の事を頼むと、奴隷契約の解除を試みてロロルを自由民とした。
「じゃあちょっと行ってくる」
「すぐにリュウセイさんと一緒に帰って来ますからね」
そんな軽い感じの別れだった。正直、俺とトオルは戦争というものを甘く見ていた所はある。どんな手を使ってでもあの時逃げ出していれば…、そんな後悔を何度もこの後繰り返すことになる。
そして俺とトオルの二人は想像もしなかった様な地獄の戦場へと送られた。
* *
冒険者ギルドへと出頭した俺とトオルの二人は、兵士数人に付き添われて王都郊外のファータル王国軍の駐屯地へと連行される。
そこには既に数多くの冒険者達が集っており、そこには男女だからという区別はない。周囲を多くの兵に見張られているのは脱走防止の為だろう。
水と携行食を受け取り、その翌日には俺達冒険者傭兵団は魔の森へと向けて進発する。俺達があと数日遅くこの街に来ていれば、この徴兵から逃れることが出来たと知った時には後の祭りってやつだった。
「Aランクのパーティーはまだ来ないのか、こっちの隊が全滅するぞ」
「あちこちが同じ状況なんだ。耐えるしかねえ。死にたくなかったら戦え」
魔の森の魔物というのは人間の生存圏とは異なり、この地域独特の瘴気を浴びて非常に強力な個体が多いとは聞いた。そして数千人規模のこの冒険者部隊を見れば襲いかかるのを躊躇う個体もいる。
つまり今俺達を襲っているのは、俺達の存在を『その程度』としか感じていない奴らって事だ。
「リュウセイさん。うちらの隊長あんなこと言ってますが…」
俺とトオルの二人だけでヘルゴブリンの群れを相手にしながら何とか支えているが、Bランクの冒険者の隊長達は名前を聞いたことが無いような大物相手にもう十人は食われている。
「逃げ出して隊から離れても死、立ち向かっても死って一体何の冗談だろうな。こりゃ本気を出さないと駄目そうだぞトオル」
そう俺も悪態をついた。
確かに手強い。でもこいつらは、それでも何とか殺せる。あの時ほど、そう吸血鬼に囲まれたあの時ほど絶望的って訳じゃない。それに最前線の一番ヤバい場所でこき使われて疲弊しないように、自分達の実力は隠しておこうと思っていた。だがこの状況はそうも言っていられなさそうだ。
兵が死んで数が減れば、その分全滅のリスクは高くなる。仕方ない。
俺とトオルは互いに顔を見合わせて頷く。
「「うおおおおお」」
俺とトオルの二人は、苦戦しているように見せかけていたヘルゴブリンの群れを一蹴し、他のCランク冒険者では手に余る魔物達を次々と撃破して見せる。そしてBランクの隊長達を含む隊が苦戦している巨大な魔物へもついには襲いかかった。
「何だあの二人組は…Cランクだよな」
Aランクの冒険者パーティーが駆けつけた頃にはリュウセイとトオルの二人によってその巨獣は倒されていた。
命懸けの戦場で強力な味方の出現ほど心強いものはない。リュウセイとトオルの二人は他の冒険者達からの賞賛の声を受けながらも、明日からは大変な日々になるだろうと溜息をつく。
「明日からお前達二人は遊撃隊に回れ」
案の上Aランクの冒険者達によって編成される指揮本部からそう命じられる。動きが自由になるのは朗報だが、これからは常に強力な敵ばかりと戦わされる事になる。
今日だけでも百名以上の死傷者が出ている。重傷者の後送は後続のファータル王国軍が来るまで行えない。回復魔法があまり効果が出ないこのご時世である。翌朝を待たずに何人かが死亡した。
俺達が進出した地域を追いかけるように遅れてやって来るファータル王国軍の第一陣。その本隊は更に遅れて進み来る様だ。
やはりというべきか、俺達は軍の安全確保の為の捨て石としての役割を担わされている。
だからといってここから逃げ出すというのはより死を早める自殺行為。本命の魔族の砦を攻める戦いはリーン王国軍が担う事になっている為、俺達はこの魔の森を無事抜ける事だけ考えれば良い。
そこでおそらく俺達の仕事は一区切りになる。逃げ出すチャンスはきっとその辺りに生まれるはずだ。
そんな事を考えていた数日後、俺達冒険者傭兵部隊は本物の魔族軍とぶつかる事になる。
魔王を主と仰ぎ魔の森の奥地、瘴気に溢れた大地に本拠を置く魔族という存在との戦いは文字通りの地獄だった。




