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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
33/41

正義感の行方②

 早朝から貴族街へと入り、兄弟子オリビアの伯爵家屋敷を目指す俺達。

 貴族街の門衛には剣聖道場の卒業証明となる短刀を見せ、道場時代の兄弟子を訪ねるのだと説明し、ついでにオリビア・ベーンハイト伯爵令嬢の屋敷が何処にあるのかも尋ねた。

 門番達もそうだが、貴族街を重武装の兵士達が行き来し通りの角にも兵士達が立ちものものしい警備を敷いている。それに何かかなり殺気立っている様な雰囲気を感じる。

 門衛に教わったとおりの道順でベーンハイト伯爵家の屋敷を訪ね、剣聖道場の弟弟子が訪ね来たと門番に伝え、ようやく彼女との再会を果たす。

 少し髪の伸びたオリビアは大分女の子っぽくなっていた。

「リュウセイにトオル、よく来てくれたな。歓迎するよ」

「それがちょっと面倒事が起きてな」

「そうか、その話も聞こう。面白そうだ」

 面倒事と聞いて笑顔を見せる彼女。剣聖道場でいじめに遭ったイーサンとトオルの仇討だちと出て行き、顔を腫らして帰って来たあの頃と彼女は全く変わっていない。

 応接室に通された俺とトオル。ロロルは別室でお菓子とお茶を振る舞われながら俺達を待つことに。


「オリビア、事は急を要しそうなのですぐに本題に入るぞ」 

 俺達は早速昨日、貴族とトオルが起こした出来事を説明し、その使用人がその後どうなったかを調べて欲しいとオリビアに頭を下げて頼んだ。

「なんだ、君達の問題かと思えば会ったばかりの名も知らぬ使用人の事を気に掛けるとはね。すぐに人を走られて調べさせよう。しかし王都でも悪評高いゲーテル子爵とやりあうとは…」

「そんな有名な奴なんだ~。あの子大丈夫かなあ。俺のせいで」

 トオルが頭を抱えるのを俺とオリビアは笑みを浮かべながら見つめる。


「ゲーテル子爵家はうちと同じ『静観派』の派閥に属して政治的には協調関係にあるから情報収集も容易だ。だが少し時間がかかると思うから君たちは用意した部屋の方で休んでいてくれ、結果が分かり次第報告するよ」


「オリビア、『静観派』って何だ?」

「ああ、リーン王国は今新生パドールの要請を受けて魔国と開戦するか静観を決め込むかの二派に別れての政争が繰り広げられていてな、戦争を望む声を上げている者を『主戦派』、現状維持を『静観派』と呼んでいるんだ」

「魔国との戦争って事は魔王討伐か、魔王ってのは悪の権化みたいな奴だろ。なざ開戦に賛同しないんだ?」

「戦は国の大事、無益な戦はしたくないからさ。魔族は悪、そう私達は幼い頃から教育される。その為に魔王の軍と戦い魔王を滅ぼすのは正義だという思想を多くの者が持っている。だが、真実を知る者はそうは思わない。この五千年の長きにわたり魔国は一度として魔の森を越えて人間国に攻め入って来た事がないのだ。魔国を攻めるのはいつも人間側、これをおかしいと思わないか?」


「確かに」

「古代の文献には邪神戦争に参加した英雄の中に魔族の存在が確認されているし、邪神封印の後に魔族は封印の地の守護を担っているなんていう説もあるくらいだ。これについてはまゆつばだがな」

「なるほどな、戦争の意思のない国とわざわざ戦う必要はないと俺も思う」

「それに魔族は悪と定めた教育を始めたのは正教会。剣聖道場を襲い兄を亡き者にしたのが正教会の暗部と聞いてから、私は正教会について懐疑的なのだよ」

「あの連中は俺も気に入らん」

「ふふ、気が合うじゃないか。さすが私の弟弟子」


 俺達が笑い合いう応接室のドアがノックされ、外から「お嬢様」と呼びかける使用人の声が聞こえる。オリビアが立ち上がり「すぐに行く」と答えた。

 オリビアも何か忙しそうなのでそれについて尋ねると、彼女は外のものものしい警備状況について教えてくれた。

 この王都ベバリスでは今、元老院議員の近親者が立て続けに行方不明になっているらしい。それに人が消えたという屋敷内には床に人型の焼け焦げた後だけが残されていたという特殊な状況。

 ただ俺とトオルはその痕跡に心当たりがある。

「その焼け焦げた跡だが、吸血鬼が死ぬと奴らは燃えて灰になるからそんな痕跡が残ると思うのだが」


「吸血鬼? 私達は吸血鬼と戦った事が無いから分からないが、もしそれが事実なら行方不明ではなくその近親者達は吸血鬼化しており、それをまた誰かが殺して回っている? そういう事になるのか」

「単なる憶測にすぎんから、今度同じ事件が起きたなら冒険者ギルドに調査依頼を出してみてはどうだろうか? 不審な焦げ跡についてはそれで判明するだろう」


「確かにそうだな。私達は魔国との開戦と静観で割れる政争に事件が関連していると思っていたが、全く見当違いな考えで動いていたかもしれん。この事はお母様にも報告してみる。リュウセイとトオル、助言に感謝するよ」


 ロロルの待つ居室へと向かうリュウセイとトオルを廊下に立ち見送るオリビア。彼女背後に近づく人影。

「剣聖道場の同輩が訪ね来たと聞きましたが、あの二人ですかオリビア」

「お母様!」

「それで、どちらがお前好みの殿方ですか?」

「わっ私は彼等をそんな目で見たことはありません。共に剣の修行に明け暮れた仲間と」


「あなたはもう十九になるのですよ。長男のオスロを亡くした当家の跡はあなたが継ぐのだけれど、我がベーンハイトはリーンの西の国境を守る武門の家系、故に養子として迎える男子は政治的な配慮よりも武を最も貴び出自に関わらず優秀な者を選ばねばならぬ」


「それは心得ております。お母様」

「それに今のあなた、いつもより良い表情をしているわ。それはあの二人と懇意だという証し、剣聖道場の同門であるなら腕は立つのでしょう。もうあの二人のどちらかで決めてしまえばいいじゃない。さあ、言いなさいオリビア。どちらがお前好みなの?」


 母親に言われてオリビアは頬を赤らめながら廊下を歩くリュウセイの方の後ろ姿を小さく指差す。

「あら、おじさま趣味とは以外だわ。年齢的に若い方が釣り合いが取れていると思ったけれども、へえ」

「もう、お母様っ」


 意地悪く微笑む母親にオリビアは気持ちを改めて、先程二人から聞き出した気になる話を彼女に伝える。

「お母様、あの二人から王都で起きている失踪事件について気になる話を聞きました」

「失踪事件について、面白そうだわ。聞きましょうか」


          *          *


 ベーンハイト伯爵家の屋敷内に用意された居室で寛ぎながら時間を潰す俺とトオルとロロルの三人。見た事も無い調度品の数々にロロルは興味津々で部屋中を物色しているが、俺とトオルはいつのまにか眠りに落ちてしまっていた。

 ロロルに起こされた時にはもう昼を回っており、ノックされたドアを開けて現われたのはオリビアと顔に痣を作った小柄な女性。よく見ると腕や足にも包帯代わりに使われる布が巻かれているのが分かる。

 その女性をみるや否やトオルは「あっ」と声を上げて彼女の前に土下座した。

「俺のせいでごめんなさい」

 女性の方もトオルとロロルの姿に気付いて「あっ」という顔をしたが、彼女の方はトオルの事よりもなぜ自分が伯爵家の屋敷なんかに連れてこられているのか理解できないようで困惑していた。


「トオル、そういうのは後だ。すぐ彼女の怪我の対処だ」

 俺は手持ちのポーションを差し出し彼女に飲ませる。みるみると消えていく酷い顔の痣、おそらくもう体の傷も癒えているだろう。

「昨日もロロルから貰ったポーションを使ったと聞いた。ポーションの連続使用は体に負担を掛けるから、今日の食事は普段より多めに摂るようにしてくれ」

「痛みが引きました。回復ポーションってすごいですね。ありがとうございます」


「それでオリビア、この状況を説明してくれるかな?」

「ああ、この子はゲーテル子爵家の使用人だったえーと…名は何だったかな?」

「シャロンです」


「そうシャロンだ。うちの使用人がゲーテル子爵家の使用人に話を聞いた所、トオル達との騒動があった後、屋敷に戻った彼女はゲーテル子爵からかなりキツく怒鳴られ殴られ、結局屋敷をクビになって夜のうちに屋敷から追い出されてしまったらしい。それで王都の宿に彼女が宿泊していないかと探したところ、発見したのでうちの屋敷にとりあえず連れて来たという訳だ」


「暴力を振るわれて後にクビか、最低な奴だな」

「全部俺のせいなんだよなあ。シャロンさん、本当にごめんなさ~い」

「トオルお兄ちゃんはその人を助けたのに、なんで謝ってるの?」

 首を傾げるロロルに俺は言う。

「トオルは人助けをした。でもその結果そのお姉さんは仕事を失った。だからトオルは謝っているんだ」

「そうなんだ」


 謝罪を繰り返すトオルの姿にシャロンさんが口を開いた。

「トオル様? でしょろしいんですよね。謝られましても職を失いましたし、紹介状も頂けませんでしたのでこれからどうしようかと途方に暮れておりまして。正直あなたを許すとか許さないとかどうでもいい感じです。ですからもうお気になさらないで下さい」


 彼女は少しきつい言い方をしたと俺は思う。

 彼女にとってはいつもの事、それに少し耐えていれば普通に働いていける。そう考えていたはずだ。そこにトオルが介入した事で彼女はより酷い仕打ちを受けたばかりか職も失った。貴族家の使用人と言えば最上級の働き口、それが無くなったのは彼女にとって大きな損失。

 つまり彼女にとってトオルの行為はただの厄介ごとで、それはもう終わった出来事というわけだ。そして今彼女は今後の身の振り方を考えるだけで精一杯で他に回す余力がないと言っている。

 当然俺とトオルでの力では、彼女に元の待遇の仕事場を世話することは出来ない。だが、ここでオリビアがある提案をしてきた。


「それでだ。弟弟子の不始末を拭うのは兄弟子の務めということで、シャロン君だっけ。君、この屋敷で働く気はないかい? ちょうど私付きのメイドを一人募集するはずだったんだが、君が来てくれると手間が省けて助かる」

「私がここで、伯爵家の使用人としてですか?」

「ああ、あのゲーテル子爵家で五年も務めてきた使用人なら根性も座ってるだろうし、ちょっとした駆け引きなども案外得意なんじゃないかと思ってね」

「働きます。働かせて下さい。私頑張りますから」

「よし、じゃあ決まりだ。今日はこの屋敷で体を休めて、明日執事とメイド長に君のことを紹介しよう」

「ありがとうございます。オリビア様」

「ああ、礼ならそこの弟弟子二人に言ってくれ。今回の一件を持ち込んだのは彼等だからな」


「はい、ああ、えっと…」

「俺がリュウセイでこいつがトオル、そしてロロルだ」

「ありがとうございます。リュウセイ様、トオル様、それとロロルちゃん」


 トオルの起こした騒動で始まったこの一件もどうやらいい感じで終わりを迎えた様だ。用件も済んだのでオリビアの元から去り宿に戻ろうとしたのだが、オリビアの母親からぜひにと請われてしばらくこの屋敷でやっかいになることになった。

 オリビアの母親の猛烈な押しの後ろでオリビアは真っ赤な顔をしていたけれど、一体なんなんだろうな。

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