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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
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正義感の行方①

 ファータル王国を出たリュウセイ、トオル、ロロルの三人は、途中村々で作成したポーションを引き取って貰いながら路銀を稼ぎ、数日後には北のリーン王国へと入国した。キノコのような城塔の建ち並ぶ奇抜なデザインであったファータル王国の街と違い、こちらは普通の城塞都市。

 リーン王国は南のファータル王国と北のノーザンライト王国の交易中継地でもある為人口も多く、北の小三国の盟主的存在でもある。かつては北の賢者と呼ばれし英傑ナガレンにより小三国同盟が結ばれ西のロムスガルヒ帝国と相対した事もその立場を強く印象づけるものであった。

 王国には三つの主要都市が存在し、中央王都ベバリス、北の城塞都市ナンラク、南の城塞都市ハズモアを拠点に全方位への軍事的優位を保っている。

 リュウセイ達は南のハズモアの街を早々に通り過ぎ、中央王都ベバリスへと入る。

 その目的の一つは王都屋敷に滞在しているという剣聖道場の兄弟子オリビアを訪ねる事と、彼女の伝手を使いミヤコの情報が無いかを知るためである。


 新しい国という事もありまずは財政面の安定と腰を落ち着ける拠点の確保。

 大きな街という事もあり宿の裏手に奴隷宿舎を備えた場所もあったが、奴隷を部屋に泊めるとなると難色を示す宿が多く、結局リュセイ達は場末の粗末な安宿に割り増し料金を支払っての滞在となる。

 稼ぎの要である回復ポーションの価格調査の為、リュウセイは暫く街中での商店巡りの市場調査をすると決めたので、ロロルはその間一人宿での留守番という事になった。

 そんな彼女の気晴らしにとトオルは冒険者稼業を休み、今日はロロルを連れての王都見物へと出かけたのだった。

 トオルの懐事情は実の所あまり思わしくは無い。奴隷を連れて食事処へと入る事は出来ない事もあり、食事は必然的に市場の露店で売られるファーストフード的なものを購入して屋外で腰掛けての飲食になる。

「トオル様、これとても美味しいです」

「そう、それは良かったねえ」

「どうしたんですか? 今日はちょっと変ですよ」

「ロロルちゃんは俺との街ブラ、楽しめてくれてる?」

「街ブラ、っていうんですね。こういうの。楽しいですよ」

 ロロルにしてみればそんな食事でも十分に楽しい時間なのだが、ケモナーのトオルはというとロロルに楽しんでもらいたいのに彼女の奴隷という条件が自分の思い描くデート像がぶち壊しになってしまい不甲斐なさを感じ、彼女の隣で平静を装いながらも自責の念にかられている。

 デートとはいってもトオルが恋愛対象にするにはロロルは未だ幼く、彼はロロルを妹分としてしか見ていないのだが、それでも女の子を誘っての街ブラ、そんなはずは…俺はもっと出来る男のはずだ。そう彼は自分の心に言い聞かせているのである。

 周囲の二人への反応はと言うと特に気に留める様子は無い。大きな街になると奴隷娘を愛人として連れ歩く特殊性癖の者も存在する。街の人々はそれを呆れた顔で、トオルとロロルについても同じ理由で生暖かく見ている。

「トオル様、あれ。あの人可愛そう」

 ロロルが小さく指差す先を歩く三人の男女。身なりからするに二人のメイドを連れた貴族の男。貴族の男と背が高く美しいメイドが二人楽しげに話しながら前を歩き、その後ろを一人の小柄なメイドが大量の荷物を抱えさせられて歩いているという構図である。

 大通りに馬車を停め、メイド二人を連れて貴族の男が街で買い物を楽しんだのだろう。警護の者を連れていないのはもしかしたら連れ歩いている一人のメイドが貴族の秘密の愛人だからなのかもしれない。

 そんな雰囲気も感じられた。

 案の上というかお決まりというか、小柄なメイドは石畳の凹みに足を取られて転んでその場に買い物した品々をぶちまけてしまう。慌ててそれらを箱に戻そうと必死にかき集める小柄なメイド。

「あんた、何やってるのよ。私の為に旦那様が買って下さった品物まで」

「すみません先輩、すぐに…」

 そのやり取りに割って入り、貴族の男が小柄なメイドを足蹴にする。通行人の目にも構わず地面に倒れたメイドに更に追い討ちをかけるように彼女の腹や顔を構わず蹴った。


 そんな姿を目の前で見ているトオルとロロル。相手が貴族という事で見て見ぬフリを決め込もうとしたトオルだったが、自分の袖を掴んだロロルの手に力が入るのを感じる。

「ああ、酷い」

 そしてロロルのその声がトオルを動かした。ロロルの前でこの非条理を見逃しては駄目だ。それが許されるこの世界の現実が絶望だけではないと教えないと、彼女に少しでも光りある姿を見せなければいけないのだと。

「止めろ。もう十分だろ」

 声を上げて立つトオルに冷たい視線を向ける貴族の男。男はトオルの服装をみるや平民の男風情がと余裕の表情を見せて笑う。

「貴様、誰にものを言っているのか理解しているのか?」

「誰であれ関係ない。お前の行為は間違っている。すぐにその薄汚い足をどけろ」

「平民風情が舐めた口を」

 貴族の男は言うが早いかトオルに殴りかかってくる。剣聖道場一級の腕を持つトオルはそれを余裕でひょいひょいと躱して見せるが、紙一重で躱したはずの肩口の服が割れ、小さな斬り傷を受けた。

 カッとなった貴族がついには護身用に持っていたナイフを抜ていたのだ。

「おいおいおい」

 ちょっと遊んでやろうと思っていたトオルもその貴族の行動にはプチリと切れた。彼のナイフを躱しざまトオルは右拳を貴族の顔面に叩き込んだのである。

 吹っ飛び地面を転がる貴族の男。

「旦那様~」

 愛人メイドが悲鳴を上げる程にその一撃は貴族の男の顔を大きく腫らしていた。

「覚えていろ、貴様」

 逃げ出しながらも口数だけは減らない貴族。トオルの勝利にその場で不愉快な思いをしていた野次馬達は声を上げるが、小柄なメイドは身を起こして必死に散乱した荷物をかき集めていた。

 散乱した品々が盗まれないようにすぐにトオルとロロルがそれを集めて箱に入れ、その後近くの噴水で濡らした布で彼女の顔を拭い、ロロルはご主人様、リュウセイからもしもの時用にも貰っていた小瓶入りの回復ポーションを彼女に飲ませる。途端に晴れ上がった顔や体の傷は元に戻り、小柄なメイドはこの時になって初めて二人に礼の言葉を述べたのだった。

「すぐに屋敷にもどらないと」

 小柄なメイドがそう言うのでトオルとロロルとで荷物を分担して持ち馬車の停めてある通りへと向かったがそこに馬車の姿は既に無く、仕方なく三人で歩いて貴族街の彼女の務める屋敷を目指す事に。

 ロロルと過ごすはずの休日の大半をその事に取られながらも目的の屋敷側にまで来た三人。

「ここまでで結構です。お屋敷まで来て頂くと、その…」

 揉め事を起こした張本人達が出向くとややこしい事になると判断したトオルは、そこで彼女を一人置いてロロルと共に帰路についた。そんな二人の姿を小柄なメイドは頭を下げた姿勢で見送っていた。


          *          *


「ゲーテル子爵って実に嫌な野郎だったんですよ」

 俺とトオルの今日一日の出来事の報告会を兼ねた宿屋一階食堂での夕食の席で、トオルが「と、こんな事がありました」と平然とした顔で報告するのを聞き、俺は周囲が驚くほどのでかい怒鳴り声を上げていた。

「馬鹿野郎が!」

「なんなんですか、リュセイさん。急に大声を上げて」

 キョトンとした表情のトオルは事の深刻さがまだ理解出来ていないと悟った俺はその場で頭を抱えた。

「確かにお前の行動は正しい。それはあくまで俺達、平民と平民同士って基準ではだ。だが貴族相手となるとそうもいかん」

「俺、どうかなるんですか?」


「いや、貴族の方が刃物を抜いて先にお前を傷つけているから殴られた事を表沙汰にすれば恥をかくのは貴族の方だから問題はない。だがその貴族がお前の言う通りの男であるなら、その分の怒りはその事態の発端となった小柄なメイドへと向くだろうな。彼女は今頃更に酷い仕打ちを屋敷で受けているか、屋敷をクビになっているかもしれん」


「俺は間違った事はしてないですよね」

「ああ、だが貴族家の使用人になるってのは大変な栄誉、少々酷い仕打ちをされてもその職にしがみついていたいってそのメイドは考えていたかもしれん。それをお前は台無しにしたかもな」

「そういえば彼女、助けたのにあまり嬉しそうではなかった…。そんな、リュウセイさん。俺は一体どうしたら」

「そのメイドを本当に助けたいなら最後まで責任を持てトオル。明日、朝一番でオリビアの屋敷に向かうぞ。貴族には貴族、彼女の力をここは素直に頼るとしよう」


 本当はオリビアの屋敷を訪ねるのはもう少し後、俺達が十分に稼いで余裕のある姿で会いに行きたかった。要は少し格好付けた形が出来てから彼女には会いたかったのだが、こんな事態になったのなら仕方ない。トオルに危害が及ぶことは無いと思うが助けたと思っていた人が、実はそれ以上に酷い目にあっている可能性がある。

 この事は当然ロロルにも伝わり、彼女はその事にショックを受けるだろう。

「人間の世界は恐くて嫌い」そんな感情をできれば彼女にはこれ以上抱かせたくは無い。だからこれは人助けと言うよりは自分達なりの正義に対する責任の取り方、いわゆるケジメってやつだ。


 そして翌朝、俺達は急ぎ貴族街にあるオリビアの屋敷を訪問し、彼女に助けを求めたのだった。


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